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第23話

 宴も中盤に差し掛かってきた。黒服の男3人はもう席の隅で潰れている。浴びるように酒を飲み干しているのを横目に見ていた桜は3人を少し介抱していた。 (俺のためのお祝いなのに何で俺が3人の介抱してんだ……)  自問しつつ辺りの様子を見渡すとミケがにぱにぱと笑いながら話しかけてきた。コカボムをグイと飲み干している。もう5杯目だ。桜はまだ1杯しか飲んでいない。緑色の液体はなんだかアメリカのヤバいお菓子みたいに見えて飲みたい欲は減るのだが。 「なあなあ。桜ももっと飲めよー。お前のお祝いなんだからさ!」  肩に手を回してきたミケを軽く押し返す。すると「なんでだよお」とダル絡みしてくるので、その小さな唇に指をあてた。 「ひゅむ?」  酒の飲みすぎで首筋まで真っ赤なミケがふにゃけた声を出す。桜は自身の手に持っているグラスの中身を一気に飲み干した。カシスウーロンなのでそこまでアルコール度数は強くない。飲み口も軽くすいすいとしている。 「ほら。ちゃんと飲んだだろ」  空になったグラスをミケの目の前で見せつける。ミケは突然桜の頭をよしよしと撫でてきた。 「っなっにすんだ」 「いや、マジでナンバーワンおめでとう。俺が講習した甲斐があったなあ。俺は2ヶ月連続ナンバー3で過去最高ランクだしさあ。んでも、あっちにいるルイには気をつけろよ。今まで美少年倶楽部の不動のナンバーワンだったのが、この2ヶ月はお前にナンバーワン取られてナンバー2だ。ありゃ相当むくれてるぞ」  ミケの話を聞き終えた頃、ルイが奥のほうで電子タバコを吸っているのが見えた。桜とミケはオーナーからニコイチと呼ばれるくらい仲がいい。同い年で気が合うというのもある。しかし、桜はルイとはほとんど話したことがなかった。どこか孤高の雰囲気を持つルイには皆近寄り難く、ルイからも他のボーイに声をかけている姿は見たことがない。ミケからは「あいつは入店してからずっと一匹狼だから」と言われたことがある。隙あらばくっついてくるミケに閉口して化粧室へ向かった。手を洗い鏡を見ながらリップクリームを塗る。唇の乾燥を防ぐためにだ。ほんのりピンク色に染まる仕様らしい。指先で唇の上をぽんぽんと押して色を馴染ませていると、いつのまにか背後にルイが立っていた。鏡越しに目が合うが、数秒ほど無言のままだ。ハンカチで手を拭いて席へ戻ろうとしたときだった。初めてルイに声をかけられたのは。 「桜、だっけ? あんま調子乗らないほうがいいよ?」 「……は?」  ルイの煽りに桜も素で反応してしまう。ルイはくすくすと嫌な笑いを含んで桜に近寄ってきた。 「お前それが素かあ。オーナーとか客の前では猫かぶってんだろ。俺にはわかんだよ。同族だからな」  ルイの瞳の奥は笑っていない。桜は嫌な予感がして適当に理由をつけてその場から去ろうとした。 「お前、すげえ色恋営業してんだって? しかも相当客を惚れさせてるって有名だぞ。お前さあ。いつかその首、客に締められる日が来るよ。せいぜい真面目に客のものしゃぶってろ。ナンバーワンなんてすぐに落ちぶれるだろうしな」 「……」  桜はルイが自分を僻んでそんな嫌味を言ってくるのだと納得してその場を立ち去った。しかしその言葉はあながち間違ってはいなかったのだと気づくには、桜はまだ経験不足だった。

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