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第25話 ひいらぎ荘の仲間たち

「……まだ電気ついてんな」  タクシーから降りて徒歩数分。所々ヒビの入っている石畳の壁に囲まれた2階建てのアパートが桜の住む寮だ。その玄関からは深夜2時頃だというのに爛々とした明かりが見える。しかしそれも桜にとってはなんら変わり映えのない日常の風景だった。  この寮は「ひいらぎ荘」という名前で、美少年倶楽部を運営するグループ会社が取り仕切っている寮だ。2階建ての全6戸の集合住宅で、そのうちの1階の12畳の大部屋が共有部分だ。個室はワンルーム5畳で少々こじんまりとしているが、トイレ・バスが別々でエアコン付き。家賃光熱費、寮母が1日2食朝晩のご飯を用意してくれて月5万円という破格の値段で運営されている。ひいらぎ荘にはグループ会社のメンズコンカフェ、女性用風俗店、桜の勤務している美少年倶楽部で働くキャストが住んでいる。といっても、美少年倶楽部で働くキャストの中でひいらぎ荘に住んでいるのは桜だけだ。  なるべく音を立てないように共有部分の玄関のドアを開くと、ぱたぱたというスリッパの音が廊下の奥から駆け寄ってくるのが聞こえた。 「おかえり」  ふわりと白くて細い腕が背後からまわってきて、彼は桜の背中に抱きつく。見知った香水の匂いで桜はそれが誰なのか見なくてもわかる。それと耳に響く心地のいい声がこの人の特徴だ。 「ただいま……暑いから離れろ。おこめ」  桜に「おこめ」と呼ばれた人物は、不満げに息を吐くと静かに桜から身体を離した。腕を組みじとーっと桜を見つめてくる。 「桜が帰ってくるの待ってたんだ」 「は? 何で……」  間髪入れずにおこめが桜の手を引いて大部屋に連れていく。部屋のドアを開けた瞬間、もくもくと立ち上る煙が見えて軽く目眩がした。そこには丸いローテーブルにホットプレートが2台設置してある。ホットプレートの中身が焼けているらしく、ふわふわと天井に煙が立ち上っている。おこめは無表情のまま桜の背中を押して部屋に入れる。 「たららーん! 桜の2ヶ月ナンバーワンの祝賀会でぇす!」  部屋の扉の横から出てきた小柄な男が桜に向けてピースを決めながら自撮りしてきた。おそらくSNS用の動画だろう。 「姫くん……!? 何これ」  桜に「姫くん」と呼ばれた金髪襟足長めウルフの男は、ポーズを変えながら自撮りに夢中な様子だ。姫くんに代わっておこめが説明を始めた。 「今日、美少年倶楽部のオーナーに祝ってもらったんだろ? これは俺たちからささやかながらお祝い。さあ、ソファに座って」  おこめに示された白いカウチソファに腰を下ろす。目の前には2つのホットプレート。肉の焼けるいい匂いがしてきた。ロマネスクでは酒をメインに飲んでいたからちょうど腹が減っていた桜にはナイスなタイミングだった。 「さんきゅうな。だけどまずは、窓開けて空気入れ替えたほうがいいな。この部屋煙いぞ」 「えーっ!? マジで? ごめんごめん。すぐに換気する」  姫くんがスマホを置いて窓を開けに行ってくれる。ジャージメイド服姿のエプロンの端がひらりと舞うのを桜はぼんやりとした意識のまま見つめていた。そのとき3人がけのソファの隣におこめが座ってきた。小皿と割り箸を桜の前のテーブルに置いてくれる。

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