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第38話 R18
「んー気持ちいねえ桜くん。ねえねえ、僕が一生指名し続けてあげるからさぁ、桜くんの瑞々しい血をみせてよ」
ねっとりとした声で語りかけてくる清水の体は加齢臭で満ち満ちていて、無意識に鼻をつまみたくなる。桜は鼻で息をしないように必死に口で呼吸をする。
もう何を言っても仕方ない、と半ば諦めながら聞いていないふりをする。すると今日の清水は普段と様子が異なりぶつぶつと独り言を呟き始めた。それはだんだんと大きな叫び声に変わっていく。
「っぐおおおおおっ」
突然、清水はワナワナと肩を震えさせて、バッグから何かを取り出し桜に振り下ろしてきた。
「えっ……?」
視界が真っ赤に染まる。天井を見てもベッドを見てもどこも紅い視界に半ばパニックを起こすように目を押さえた。そして、鋭い痛みが額を刺す。
「ゔっ……痛っ!」
「桜くんが悪いんだよう! 僕の話を無視するからァァァァァ!!」
何が起きたのか理解出来なくて、よろよろと床に座り込み、後ろに逃げようとすると清水に腹に馬乗りされた。清水の恰幅のいい体型がここぞとばかりに桜の腹を押し潰そうと全体重を乗せてくる。清水の目は血走っていて、もう桜を見ていない。桜はあまりの恐怖に声を上げられず背筋が凍るように身体が硬直し動けなくなった。
(やばい。殺される──)
そして錯乱した清水は桜に何度も何度もカミソリを振り下ろしてきた。
「っ!」
桜は声にならない叫びを心の中で上げた。痛みは麻痺して本当に痛いのかどうか自分でもわからなくなる。
(逃げないと……殺される)
そう考えると身体ががくがくと震え始めた。
「あーあっ。飽きちゃったなぁー!」
清水は振り下ろしていたカミソリを投げ捨て、そのまま部屋を出ていった。清水にとって、言うことを聞かない桜はもうどうでもよくなったのだ。
(誰か、助け──て。真柴さん)
何故か頭に真柴の顔が浮かんだ。どうしてだろう。体格のいい彼なら自分を護ってくれるような気がしたのだろうか。そんな奇跡、起こるはずがないのに。桜は一人残されたホテルで、出血多量により気を失った。
桜が時間になっても車に戻らないのが気になり、ドライバーが店に連絡をした。桜はいつも時間を守り、ドライバーを待たせたことなど一度もなかったからだ。
「すいません! 桜くんが車に戻ってこないんですけど……」
ドライバーからの連絡を受けたオーナーが不審に思い清水に電話をかけたが繋がらない。
「今からアタシがホテルに向かうから、部屋の番号教えなさい!」
オーナーには嫌な予感がしていた。桜がナンバーワンになったことで良くない虫がたかるのも有り得る話だと。客と密室でサービスを行う売り専に危険は付き物だが、今日の桜の場合はオーナーもクソ客認定をしている清水の指名だった。以前、桜とのplayを隠し撮りした動画をネットで発見し対処をしようとしたところ桜はそれを断った。『自分が我慢すれば問題ないです』とあの時、歯を食いしばってそう呟いた桜のことを思い出し胸が詰まって息が苦しくなる。
ホテルのフロントに事情を説明し、部屋へ入れてもらった。そこで見たのは変わり果てた桜の姿だった。一人、血だらけで床に倒れている桜を見つけた。真白な肌には紅い線のような切り傷がいくつも走り、血が流れ続けている。小さな傷は血が止まり赤黒く固まっていたが、顔は青白く出血多量のために意識を失ったと判断し救急車と警察に連絡した。
「桜くんっ。どうしたの! この傷!」
がくがくと体を揺さぶられ、桜は一瞬意識を取り戻した。掠れた声で「清水……」と呟くと、そのままかくんと頭を後ろに倒して意識を失った。
「桜くん。ごめんね。アタシがもっと早く対処していれば……」
オーナーは事情聴取のため警察署へ出向き、桜は救急搬送され病院へ運ばれた。
よく冷えた秋の朝のことだった。
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