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第40話 やさしさに触れて

 数日後、たまたま共有部のリビングでテレビを見ていた桜に仕事から帰ってきたおこめと姫くんが声をかけてきた。久しぶりに2人を見る気がして少したじろくと姫くんが「なに緊張してんの。ウケる」とけらけら笑ってきたから肩の力が抜けた。そのままソファに背をもたれていると、おこめが隣に腰掛けてきた。たい焼きを口にしながら桜をじーっと無言で見つめる。 「桜。なんかあった?」 「……っ。いや、別に何もない」  急いで否定するとその言動が不審だったのか、姫くんもソファの後ろから顔を覗き込んでくる。手で望遠鏡を作って「あれれー?」と茶化してくる。 「この前よりイケメンになった?」 「馬鹿。変わんねーよ」  茶々を入れてくる姫くんはそのままキッチンへ向かっていった。リビングに残された桜はおこめからの人間観察に耐えられず、たい焼きを取り上げた。 「そんなガン見すんなよ。ビビるだろ。お前の目つき鋭いんだから」 「え? そう。わかった。もう見ない」  天然男子のおこめが静かに納得して桜の膝の上に乗り上げた。ぱくっ、と桜に奪われたたい焼き目がけて口を近づける。その時、おこめに体重を乗せられた桜の身体に鋭い痛みが走った。清水に付けられた傷跡が服に擦れたからだ。 「っ痛!」 「ん? ごめん。重い?」 「い、いや。大丈夫」 「嘘。大丈夫じゃない|表情《かお》してる」  おこめの目が疑うように桜を射抜く。はらり、と桜の前髪をおこめが捲った。直後、怒気を滲ませた声で呟く。 「は? なにこれ。この傷、どうしたの。誰にやられたの」  ちょうどタイミング悪く姫くんもキッチンから出てきたから、2人に質問攻めにされる未来が見えた。 「えー! なにその傷。誰かとバトった? へーき?」  姫くんは缶チューハイを片手に桜のほうへ一目散にやってきて傷跡を見つめた。 「あー……仕事でトラブってさ」 「ねえ。誰にやられたの。オーナーには報告した?」  おこめと姫くんが真剣な瞳で聞いてくるので、桜はもう隠せないと思い清水に暴行を受けたことを伝えた。すると2人は同時に桜を抱きしめた。突然のことに頭が追いつかないでいると、右からひっくひっくと声を上げて泣く姫くんの顔が見えて、やっちまったと反省した。姫くんはとても優しい子だから、今の話は刺激が強すぎたかもしれない。桜はよしよしと姫くんの頭を撫でる。おこめは無言で桜の背中をよしよしとさすっていた。 「相談したいこととか愚痴とかあったらいつでも言って! 桜の力になりたい」  姫くんはそう言って桜の部屋の前まで見送ってくれた。おこめもくっついてきて姫くんの後ろから見守ってくれている。 「ありがとな。2人とも」 「ほんと、無理しないで。桜がいなくなったら悲しいから」  おこめが迷子の犬みたいな心細い顔をして桜を見つめる。桜は自分のことを心配してくれる2人に照れくささを極限まで押さえて返事をした。 「おう。ありがとな。おやすみ」  玄関のドアを閉めると、安心しきったのか涙が溢れてきた。手の甲で雑に拭く。その日はそのままベッドに突っ伏して身体が回復するのを待った。心の回復も必要だと気づくのは仕事を再開してからだった。

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