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第41話 仕事へ復帰

 一週間後、ようやくオーナーから出勤許可を得た桜はこの日も常連の客の予約で朝4時の枠まで予約でいっぱいだった。  店側は桜が長期旅行中にダニアレルギーが出て身体が赤くなっているため、バスローブ完全着用で仕事をすると客に伝えてあった。  かなり傷口は目立たなくなっていたが、やはり針で縫った部位はオーナーが見ても未だ痛々しいものだったからだ。 「桜くん、ほんとに大丈夫?」 ドライバーも清水の件があったからか、桜のことを心配して声をかけた。 「はい。大丈夫です。今日のお客様は皆優しい方ばかりですし」  退院後、やっと食事が喉を通った桜だったが前よりもやつれたように見える。鏡に映る自分が大嫌いになった。あの事件が起こる前は自信に満ち溢れていて仕事もそつなくこなせていたのに。自分の無力さに打ちひしがれていた。  それを客に隠すように必死で笑顔をつくって誤魔化していた。  なんとか無事に4時の枠まで仕事を終えて待機所に戻ると、知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたのかソファに身体が沈んだ。 「……疲れた」  桜以外のキャストは皆出払っているのか、待機所には珍しく自分しかいなかった。事務所では電話の音がぱったり止み、今日の営業じまいをしている。  そんな時、一本の電話が鳴った。  事務所が急に騒がしくなった。  桜は気だるい体をなんとか持ち上げて、事務所の様子を見にいく。 「……少々お待ちください」  いったん保留にして電話を受けた従業員がオーナーと何やら話している。 「桜くんに聞いてみよう」  と、そんなフレーズが聞こえた気がした。  なんだろう。  そう思った桜は事務所のドアを開ける。 「オーナー何かあったんですか?」 「桜くん。実は、とあるお客様があなたを指名していてね……。なんだか、すごく必死なのよ。今日中じゃなきゃダメだって……」 「……誰ですか?」  客の名前を教えてもらっても特に反応しないつもりだったのに、オーナーの口から飛び出た名前に身体の熱がぐっと上がるのを感じた。 「真柴様というお客様よ」 「……っわかりました。いけます」  気づけばそう口にしていた。名前しか聞いてないのにこんな。こんなに舞い上がってる俺ってば、なんかおかしいのか? 普通に会いたかった。清水の件があって以来仕事は休んでいたし、何よりもあの落ち着く癒される声に包まれたかった。 「本当? 無理はしないでね」  心配してくれているオーナーに少し笑顔を見せて安心させる。 「わかってます」  そのまま仕事の荷物を取りに待機所へ戻りソファに腰かけた。2週間も仕事を休んだことが無かったからだろうか、どっと疲労が押し寄せてきて桜の体は限界に近かった。  フーっとため息にも似た深呼吸をして心を入れ替える。 「桜くん、下に車着きました。色は黒です」 「了解です」  階段を下りる足取りがおぼつかない。足もとのタイルはポロポロと剥がれていき、桜の靴の裏に擦れていく。桜は固いコンクリートでできた壁に手をつきながら、慎重に階段をおりていく。  完全に体力不足だ……。  車に乗り込むと後部座席のシートに体を横にした。 「これが終われば寝れる……」  そう呟くと桜は目を閉じた。このまま眠ってしまいたくなるほどの強い眠気に誘われ、意識がぷつりと途絶えた。

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