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第43話

「そういえば長期旅行はどこに行ったんだ?」  ぎく、と桜の身体が跳ねた。バレないように明るく声を出す。 「温泉旅行に行ってました」 「誰と?」 「友達と」 「温泉が好きなのか?」 「ま、まあ好きっちゃ好きです」  真柴から息もつかせないほどの質問攻めにあい、嘘がバレるのではないかという焦りが生まれた。桜が欠勤していた理由は表上長期旅行へ行ったことになっているため、話を合わさなければならない。不思議と手足に変な力が入ってしまう。  つん、と不意に真柴が桜の胸や腹の辺りを撫でてきた。変な声が出たのと同時に苦悶の声が洩れてしまった気がして慌てて口を塞ぐ。その様子に違和感を覚えた真柴が桜の服を脱がしてきた。 「ま、待ってっ──!」 「おい。これは……」  桜は真柴の強い力にはかなわず、着ていたトレーナーを胸の辺りまで剥がされた。真柴の目に桜の白い肌が浮かび上がる。それと同時に白い肌に無遠慮に走る赤い線に視線が釘付けになる。 「怪我……いや、誰かに傷つけられたのか?」 「……」  無機質な黒い瞳には嘘をつけないと思った。桜は観念するように真柴を見上げる。 「長期旅行に行ってたのは嘘です。この間、客にキレられてその時の傷です……」  尻すぼみに言葉が小さくなる。真柴は無言ままだ。桜は気まずい空気に耐えきれずに横を向いて顔の上に腕を乗せて隠した。情けない顔を見られたくなくて。  すると、不意に桜の身体が浮かんだ。気づけば真柴の腕の中に抱きしめられていた。熱い人肌に触れて荒い心の波が穏やかになっていくような気がした。微かに腕に鳥肌がたつ。久しぶりに人の温もりに触れた気がする。安心したように身体の力が抜けていく。 「無理をして笑うな。俺の前でくらい本当の桜らしくいていい」 「……真柴、さん」  優しい抱擁。ただ抱き寄せられているだけ。売り専の自分に同情してくれたのかもしれない。桜はその温もりが心の底から欲しかった。こんなふうに誰かに心配してもらいたかった。自分のことだけを気にかけて、深いところまで知っていて欲しかった。 「店はそのことを把握しているのか?」  桜の荒れた呼吸が落ち着いた頃、真柴に問われこくんと頷く。 「そうか。その客は警察に突き出したか?」 「はい。店のオーナーが通報してくれて、証拠もあって警察署に連行されました」 「……そうか」  桜が震える声で呟くと真柴は一際強く抱き締めてくれた。身体中が歓喜に震えるようにお腹の奥が熱を持つ。こんな感覚は初めてで夢うつつな心地にぽーっとしていると、真柴が桜の身体を離してベッドに寝かせた。離れた熱に後ろ髪を引かれ、知らず知らずのうちに桜は甘えた表情を浮かべてしまっていたのか真柴の瞳がちらりと横に振れた。視線を外されたのが少し寂しくて、桜は真柴の視線の先を追いかけるようにベッドサイドのデスクに置いてあるミネラルウォーターのペットボトルを見つめた。粒になった蒸気がペットボトルの表面を濡らす。

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