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第46話

 桜の返事を了承と受け取ったのか真柴の表情が柔らかくなった。安堵のため息をついてからスマホの画面を伏せた。 「じゃあこの条件飲んでくれるか?」  桜は手のひらをぎゅっと丸めて目線を落とした。 「あの、真柴さんがすごい方なのはわかったんですけど、僕売り専を辞めたら目標金額を稼げなくなってしまうんです」  自信を萎ませ「高卒だし」と呟くと、真柴は桜の肩に手を乗せてきた。肩に触れる温もりは桜の心臓をびくんと跳ねさせた。息をするのが躊躇われるくらいに真柴の口元が目と鼻の先にあった。 「俺には人を見る目がある」 「……どういう意味ですか」  自信の満ちた瞳の奥。波のように揺らいでいた。海に凪ぐ帆船のように。 「俺はただ、添い寝をしてもらうためだけに桜を雇いたいんじゃない。桜の持つ強みを活かした仕事は売り専以外にもあることを知って欲しいんだ」  そんなことを言われたのは初めてだった。  真柴の瞳は真剣そのもので揶揄いや同情の色は微塵も存在していなかった。人として扱われている。その事実だけで胸が詰まりそうになった。  いつからだろう。自分のことを卑下するようになったのは。売り専を始めてからだろうか。一晩で大金を稼げても所詮は売り専。ただ客の性のはけ口になるだけの使い捨ての道具。そこに人らしさは見いだせなくて、痛客の相手をする時には指先が震えるくらい辛くて、でも誰にも言えなくて1人で膝を抱えていた。  寮の部屋でベッドの上で体育座りをする。トレーナーの上から両手を背中にまわして皮膚を掻きむしるように爪を立てる。売り専は身体が資本だ。決して身体を傷つけてはならない。だから桜はトレーナーの上から自分のことを引き裂いた。自分の存在価値など大義名分のもとにあるわけではなくて、ただお金が必要で、瞬にだけはこんな惨めな生活をして欲しくなくて。自分の夢よりも瞬の夢、瞬の人生のほうが桜の中では優先事項だった。  売り専のスカウトを受けたとはいえ、その給料に魅力を感じて働くと決めたのは自分だった。お金を稼ぐには身体を売るしかないと信じ込んでいた。自分には何も無いから。何も秀でた部分など持ち合わせていないから。両親からもらった顔と身長くらいしか自分を表現できない。そんな自分のことを自分が1番疎んでいた。  でも真柴の言葉を聞いたら、閉じ込めていた気持ちが、封印をしてきた弱い桜が外に溢れてしまいそうだった。  こんな自分でも売り専以外の仕事が務まるのだろうか。売り専以外にも道があるのだろうか。  この男はなぜ、こんなにも自分のことを案じてくれているのか。まるで、亡くなった父親のような目で桜を見つめてくるのだ。  幼い頃いつも、どんなことがあっても桜を励まし勇気づけてくれた父親の面影を色濃くうつしている。

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