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第71話 貴方を知ることがすべての始まりだった

 大沼は大きなため息にも似た呼吸を1つした。 「俺は睦月を救ってやれなかった。お前は救えるのか?」  自嘲的ともみえる笑みを口端に浮かべ、大沼は桜に問いかける。桜はしばらく黙っていた。 「睦月いわく、この世界にはもう希望がないんだと」 「……希望がない」 「そうだ。あいつにとっては、おびひとが唯一の希望だった」  大沼は噛み締めたような顔を浮かべる。それは後悔と失意の両方が滲み出ているように桜には見えた。 「あいつには俺も見えちゃいねえ。ただ、おびひとを探してるだけだ。とっくにこの世にはいないのにな。」  「愛」とはときに生者を苦しめるものなのだと、桜は初めて知った。  希望がない。 (そうだ、俺も真柴さんに出会うまでは希望なんてなかった)  両親が亡くなったときに、持っていた希望はすべて消えた気がした。大学へ通うこと、自分の好きなことのために働くこと。どれも全て諦めていた。希望のない日々は苦しく辛いだけで、生きている心地がしなかった。 (真柴さんもそんな日々を過ごしていたのだとしたら……)  それは毎日が虚ろで息をすることさえやっとな日々に違いない。 (自分にはそんな真柴さんを救えるのだろうか。 いや、できるかできないかじゃない。やるかやらないかだ)  俺は真柴さんを苦しみから救い出してあげたい。 たとえどれだけ時間がかかっても、また真柴さんが前を向いて歩き出せるように。  俺はずっと真柴さんのそばにいたい。  この気持ちはなんだろう。まだ経験したことのない気持ちだ。真柴さんのことを想うと胸が痛い、息も苦しくなる。弟の瞬に対する家族を想う気持ちとも違う。似ているようで、似ていない。 その気持ちが何なのかを知りたくてたまらない) 「俺は真柴さんを救いたい。真柴さんは俺に希望を与えてくれた。だから今度は俺が希望を与える番なんだ」 (俺は知っている。一度投げ捨てた希望も、いつか形を変えて戻ってくるということを。真柴さんがそれを証明してくれた)  桜は立ち上がった。大沼の正面に直立し、そのまま深々と頭を下げる。 「頼む。知っていることを教えてくれ」 「お前……」  桜はさらに頭を下げる。 「わかった。顔を上げろ」  そう言うと大沼は桜の顔を上げさせた。 「座れ」  長い指がとんとんと革張りのソファをすべる。桜はちょこんとソファに腰をかけた。 「俺は美大で睦月に出会った。これからする話はすべてあいつから聞いた話だ」  それと、と大沼はつけ加えた。 「あの頃の睦月は今のお前に似ている」  そして昔話を子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと噛みしめるように話しはじめた。

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