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第73話 初めてできた友達
授業のあと、とにかく謝罪した。
その時はじめて俺は大学で自己紹介をした。
「大沼か。改めてよろしく。俺は真柴睦月だ」
「ああ。睦月だな」
そんなこんなで、睦月とはそれから毎日会えば話をしていた。
それから1ヶ月後、睦月を駅までの道で見かけて俺から声をかけた。
「お前、電車通学だったのか?」
「言ってなかったか?」
「ああ。知らされてない」
「なんだよその言い方、保護者みたい」
いつも仏頂面の睦月が笑っている。
珍しいな。こんな友達も案外悪くないかもな……。
そう感じ始めた夏の午後だった。
俺たちはあっというまに大学二年生になった。
俺と睦月はほぼ毎日大学から駅まで一緒に帰っている。大学は夏休みに入ったが、課題の量が膨大で大学で終わらせてしまおうと学生たちで溢れかえっていた。
俺と睦月もその学生の一人だった。
二人一組でデッサンの課題が出され、ポーズを変えて数枚書くようにいわれた。
俺と睦月は当たり前のようにペアになったが、周りの学生からの視線が痛いくらい突き刺さった。
睦月はともかく、俺の見た目が皆の注意を引いてしまうんだろう。
つり上がった一重の細目、そしてすっと整った高い鼻筋と、眉ピアス。
自分でいうのもなんだが強面に190センチ近い高身長とあって、ドラマの俳優に似ているとよく陰で言われたものだ。
まあ皆びびって声をかけてくるやつはいなかったが。
そんな大男が女神のような男と一緒にいるのだから、皆の注意を引くに決まっている。
だが、睦月はそういうのを全く意識していないようでとにかく課題を早く終わらせるためにデッサンに集中していた。
夏休みの課題も無事に終わって、夏休みも今週で終わり。
特にどこへも出かける予定のなかった俺は、睦月に誘われて彼の家に行くことにした。なんでも、家でいつも俺の話をしているらしく母親が遊びに連れてきなさいと睦月に何度もせがんだらしい。
睦月は実家暮らしで玄関先では母親が笑顔で迎えてくれた。
睦月に似ている。目元や鼻筋。
顔のパーツはもちろんのこと、睦月の身にまとっている雰囲気が母親そっくりだった。夕食に呼ばれたわけだが、準備が終わるまでは睦月の部屋で待つことになった。
俺は初めて他人の部屋に足を踏み入れた。
睦月の部屋はさすがは美大生と言えるような部屋だった。壁には何枚もの写真が貼ってあり、デッサンもちょこちょこと顔を出していた。睦月は俺がそれらをじっと観察していると、恥ずかしそうに手で隠してしまうのだった。
「睦月くーん」
睦月を呼ぶ男の声が聞こえた。兄弟だろうか。
でも睦月からは兄弟がいるという話は聞いたことがない。
「おい呼ばれてる、ぞ……」
あのとき見た睦月の顔は一生忘れないと思う。
頬を熟れた林檎のように真っ赤にさせて、嬉しそうにする睦月。
俺が声をかけたことにも気づいていないのか、鏡の前で髪の毛のセットを直している。
まるで恋する乙女のようだった。勘のいい俺は気づいてしまった。
俺では到底この声の男にはかなわない、と。
母親からも何度か名前を呼ばれて、ようやく睦月は部屋を出ようと俺に言ってきた。俺は悔しい気持ち半分、興味半分といった気持ちで階段を下りていった。
ダイニングテーブルには母親お手製だという色鮮やかな料理が並んでいた。
「さあ座って座って」
母親に勧められて席に着く。するとさっきまで隣にいた睦月の姿がない。不意に睦月の声がリビングから聞こえた。ソファに座ってなにやら男と話しこんでいる。
お前が家に誘っておいて俺を放置するのかよ……。
正直俺は初めて睦月にうんざりした。なによりも睦月をそうさせた男にうんざりした。
「悪かった。紹介する。俺の親友の大沼だ」
「ああ君が。睦月がいつも世話になってると聞いて。迷惑かけてないかな?」
男前、それがそいつの第一印象。
「迷惑なんかじゃありませんよ」
ついつい嫌味のように言ってしまう。
「僕は細川帯人といいます。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
なんでこいつとよろしくしなきゃならねえんだ。
心の中で悪態をつきながら俺は睦月をじっと見つめた。
俺のことなんか眼中にないって顔だ。
細川帯人。
いったいこいつは睦月の何なんだ。
睦月の母親の料理をぺろりと平らげると、帯人は睦月に誘われるがまま2階に上がっていってしまった。一人残された俺はもやもやとしていた。
普通ダチを誘ったら帰るまではダチと一緒にいるもんじゃねえのか?
ぐるぐると堂々巡りを頭の中で続けていると、睦月の母親が遠慮がちに声をかけてきた。
「ごめんなさいね。せっかく遊びに来てくれたのに、あの子ったら」
「あっ。いや、別に……」
母親に謝られるとは思っていなくて、なんて返したらいいのかわからない。
「あの子、帯人くんのこと実のお兄ちゃんみたいに慕っていてね……。今まで中学も高校も友達が一人もできなくてね」
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