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第74話
母親は俺に視線を向けた。
「だから私嬉しくなっちゃって……。でもあの子ったら、帯人くんに夢中になってしまって。せっかく遊びに来てくれたのに本当にごめんなさいね」
頭を下げられてしまい、俺はなんと答えていいか迷った。
「大丈夫です。睦月が良い奴なのはわかってますから……それにしてもあの帯人、さんは何者なんですか?」
「そうねえ。近所のお兄ちゃんってとこかしら。あの子が小学生の頃、女みたいだって言われて同級生から嫌がらせを受けててね……。それを帯人くんがいつも助けてくれて」
「そうだったんですか」
「それ以来、帯人くんも実の弟のように睦月を可愛がってくれて」
母親は気づいていないのだろうか。
睦月が帯人に向ける視線はただの好意だけじゃないことを。ライクよりもラブに近いと感じた。
そんな2人の、睦月の姿を見たくなくて俺は逃げた。
用事があるからと睦月に言い捨てて、1人寂しく帰ることしかできなかった。
今思えばほんとうにガキだ。
帯人に会ってからは、睦月がちくいち奴の近況を報告してくるようになった。奴はかなり頭がいいらしく、医学生だという。しかも有名な大学院の。
俺は奴の話を聞くのはうんざりしたが、睦月が目を輝かせて話しかけてくる姿は愛らしかった。
その笑顔を見るために聞きたくない奴の話を聞くのは苦でもなかった。だから今でも睦月がどんな話をしてくれたかを俺は覚えていない。思い出したくもないと心から思っている。
なぜなら、今、睦月の幸せを蝕むのが帯人という存在だからだ。
死んでもなお、睦月に影響が及びすぎている。しかも悪い意味で。
俺たちは美大を卒業したあと、それぞれの仕事に向けて別々の道へ進んだ。
俺は画家を本業にするためにフランスに留学した。その頃には睦月とほとんど連絡をとっていなかった。
睦月は福岡にスタジオを持つ田中公明という高名なカメラマンの下でアシスタントになると言っていた。
それがフランスに行く前、睦月と交わした最後の会話だった。
フランスで3年間みっちり修行した俺は、いよいよ日本へ帰って自分のアトリエを持とうと考えていた。
日本に戻ってまずはお世話になった美大のキャンパスへ足を運び、デッサンの授業を担当していた教授にお礼を言いに行った。
教授が俺のことを覚えているかどうか心配していたが、なんとか記憶を呼び覚ましてくれたようで笑顔で迎えてくれた。
「久しぶりだね。えーっと、あのコンビの子だね」
「コンビとは?」
「クラスの子皆が話してたぞ。美大の女神と黒豹コンビとかなんとかって」
教授はもっさりと白い毛をたくわえた顎を撫でながら言った。
「女神と黒豹ですか……」
俺は苦笑いして女神を思い出した。
あいつは元気にしているだろうか。
「そういえば彼もこの前キャンパスに来てたよ」
「え。睦月が?」
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