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第81話 真柴の真相(side 大沼)
目を開けると、部屋の中は真っ暗だった。
午後9時。夏の夜。陽はすでに沈んでいた。
俺はベッドから下りると、財布とスマホを片手に部屋を出た。
たしか近くにコンビニがあったはずだ。
ホテルに来る前、タクシーで通った道を思い出しながら歩く。雨はすでに止んでいて、少し肌寒いような気がした。
「あれか」
夜の闇の中、赤いランプが浮かび上がる。近くまで行くとそれがコンビニの看板だと気づいた。コンビニの中はもわっとした湿気がひどく、床もビショビショだった。滑らないよう注意しながら、夜の分と明日の朝の分の食料をカゴに入れていく。
時間も時間だったからか、陳列棚にはほとんど商品が余っていなかった。
もう少し早く起きていれば。
そんな後悔が頭に浮かんだ。レジを終え外に出て空を見上げた。真っ暗な雲が蠢いている。
まるで空は今の自分の心の内を表しているようだった。
福岡に来て、睦月を一目見ることができればいいと思っていた。母親が心配していると伝えて、それで終わりか。
俺はいったい何をしにここまで来たのだろう。
睦月を元気づけるため?
いや、違うだろう。
結局、睦月を怒らせただけだ。
俺は何もできなかった。
3年間も連絡を取らなかった俺に何ができるというのだろう。睦月からしたら、今更来られても迷惑なだけだ。
俺は帯人という存在の前には、何も出来ないガキなのだと今更ながらに思い知らされただけだった。そう思ったらなんだか笑えてきて、酒に酔ったようにフラフラと歩きだした。
ホテルの方向に歩いていけば、いつか着くだろう。そんな軽い気持ちでくたびれた足を踏み出した。
「……睦月?」
嘘だ。こんなところにいるはずがない。
睦月は見知らぬ男と一緒だった。俺に気づいていないのか、その男と手を繋いで歩き始めた。
睦月の友人?
でもあんなホストみたいな男、友人には見えない。その男はホストらしいホワイトのスーツに、金髪という派手な見た目だった。メンズメイクもしているようだ。
俺よりも若そうに見える。
そのまま2人はラブホテルへ入っていく。
いてもたってもいられなくて、俺は睦月に声をかけた。
「睦月! おいっ」
睦月の肩に手を伸ばすと、隣にいた男に振り払われた。
「睦月くんの知り合い?」
まるでお姫様を守る|騎士《ナイト》のように、その男は振舞った。睦月は俺の姿を見て目を丸くしていたが、首を横に振って言った。
「いや、知らない人」
「おい、睦月……」
手を伸ばそうとすると、また男が邪魔をしてくる。
「おじさん。俺らこれからお楽しみなの。邪魔しないでくれる?」
「お楽しみって。おい睦月!」
「……お前には関係ない。 」
睦月は男の腕を引いてラブホテルに連れていこうとする。
「はあ? 睦月くんこいつのこと知ってんじゃん。俺に嘘ついたの?」
機嫌を損ねたのか男は睦月に詰め寄る。睦月はずっと下を向いて黙っていた。すると、繋いでいた手を男が放した。
「なんか萎えたわ。俺、他の子もいるから今日は遠慮しとく」
男はあっというまにラブホテルを通り過ぎ、繁華街へ歩いていった。一人残された睦月はずっと地面を見つめていた。
「睦月、とりあえず来い」
俺は睦月の細い腕を引くと、ずんずんと歩いていく。
「いやだっ! やめろ」
睦月は俺の手を離そうと暴れはじめたが、力が敵わないとわかったのか、後はされるがままになった。俺は泊まっているホテルの部屋に睦月を押し込んだ。睦月は黙ったまま玄関から動こうとしない。
俺は睦月の腕を引いて、ベッドに沈ませた。
コンビニで買った食料の入ったレジ袋をベッドサイドのテーブルに投げ捨てる。
「お前、帰ったんじゃなかったのか」
睦月はベッドに沈んだまま俺に話しかけてきた。
「台風で飛行機が飛ばねえから、明日帰る」
「そう」
「あいつ知り合いか?」
さっきの話を出すと、睦月は何も答えなくなった。
「お前、なんでこんなとこにいる」
「別に関係ないだろ」
睦月は顔を毛布に沈ませて、くぐもった声で答えた。
「夜遊びしてんのか」
「違う」
「じゃあなんでさっき男とラブホなんかに入ろうとしたんだ」
「……」
睦月は何も答えなかった。ただシーツを握る手が微かに震えていた。
「息詰まるから顔上げろって」
「嫌だ」
無理やりベッドから睦月の身体を起こそうとすると、睦月はシーツを握りしめて離さない。
「っガキじゃねえんだからしっかりしろよ!」
思わず俺は睦月に怒鳴ってしまった。
「……だ」
「あ?」
「……っ俺はガキなんだよ!」
睦月は顔を上げると鋭い眼光で俺を睨みつけてきた。睦月に睨まれるのは初めてのことで少し驚いた。
「俺はガキなんだ。帯人がいなくちゃ、俺は……」
帯人。また奴の名前か。
「お前はそうやって帯人、帯人って。帯人はもういないだろ。現実から逃げるな」
「だって、だって帯人は……」
そう呟くと睦月はボロボロと涙をこぼした。
「だって、だってじゃねえだろ。今のお前見たら帯人が喜ぶと思うのか」
睦月は泣きじゃくり、嗚咽混じりに話し出す。
「俺は帯人が好きだった……。ほんとうに大好きだったんだ」
──ああ、知ってたよ。
俺は一番近くでお前を見てきたんだ。
「俺は勇気が出なくて、好きだって伝えられなくて……」
ああ、そうだな。
お前は他人のことなら何でもわかるのに、自分のこととなると鈍いからな。
「葬式が終わったあとも、実感がないんだ。帯人の体は爆発に巻き込まれて骨も無かったんだ。だから棺桶の中には帯人はいなかった」
帯人の死因を改めて聞いて、その悲惨さに俺は言葉を失う。
「もしかしたら帯人はひょっこり顔を出すんじゃないかって。俺に会いに来てくれるんじゃないかって、そう考えて……」
睦月は自身の体を抱きしめながら震えていた。
「それが次第に強くなって、俺はいつのまにか幻を見るようになって。最初はただの気休めのつもりだった」
睦月は窓を指さした。つられて俺も窓の外を見る。
「バーで酒を飲んでいたら、男に誘われたんだ。初めは気晴らし程度だった」
また睦月の嗚咽が続く。俺はそっとティッシュを睦月の前に置いた。
「それから、俺は溺れていった。俺が抱きたいのは帯人なのに。抱いてる男が皆、帯人に見えてくるんだ。一瞬でも帯人を感じられるなら、それでいいと思った」
睦月の言葉はまるで独白のようだった。俺は口を挟まず睦月に言葉を続けるよう促した。
「でも、目覚めるとそこに帯人はいないんだ。朝までたくさん愛し合ったのに、いないんだ」
睦月は自嘲的に笑う。
「死んだ帯人に失礼だよな。でも、寂しかった。だから、寂しさを埋めるために男を抱いた」
寂しかった、と睦月は言った。
それは俺の責任でもある。唯一の友だったお前を放っておいたのは俺だ。
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