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第83話 真柴の心

「俺の言葉がどれくらい睦月に届いたかはわからねえが、あいつは今若手一番と言われるプロのカメラマンになった」 「そうだったんだ……」  桜は大沼の語った長い物語に自分も入り込んだような気持ちになった。  帯人という人間について、大沼は自分と相反する者のように話したが桜はそうは思わなかった。 「大沼さんは自分のことを責めてるみたいだけど、そんなに自分を追いつめなくてもいいんじゃないか?」  桜は大沼の話を聞いて、思ったことを素直に口にする。 「どういう意味だ」  大沼は意味がわからないというように桜を見た。 「だって大沼さんは優しい人だから」 「俺が優しい?」  素直な桜の告白に、大沼は鼻で笑い飛ばそうとした。しかし──桜の目は真剣だった。 「自分の過ちや失敗は他人が指摘してくれる。だから、わざわざ自分を苦しめるように追いつめなくていいと俺は思ってる」 「何を言っている。俺は睦月を救えなかった。それは俺のせいだ」 「大沼さんは悪くない」  桜はきっぱりと言い放った。 「お前に何がわかるんだ。お前はあの頃の睦月を知らないから、そんな呑気なことが言えるんだ」 「ああ。俺はその頃の真柴さんを知らない。だけど、今の真柴さんは昔の真柴さんじゃない」  桜は大沼の目を射抜くようにじっと見つめた。 「大沼さんは真柴さんの話をするとき、とても苦しそうな顔をするだろ」  大沼は桜から顔を逸らした。 「それは大沼さんが優しいからだ。その優しさはきっと真柴さんにも伝わってる」  大沼は拳を握りしめた。 「大沼さんと顔を合わせたとき、真柴さんはとても嬉しそうだった。それはなんでも話せる親友だからだろ?」  親友か。  お互いプロになってからゆっくり話をすることもなくなった。睦月が自分の仕事場を持つのだと連絡してきて、いいマンションはないかと聞かれた。  大沼はほとんど日本にいなかったが、都内のタワーマンションに住んでいることは睦月にも伝えていた。そして睦月は大沼の住むマンションにいつのまにか越してきた。  睦月が荷物を搬入する時にまた連絡が来て、直接会えないかと聞かれた。  その時は急いで睦月の部屋に向かった。  久しぶりに会った睦月は一人の大人だった。やっと悲しみから立ち直ったのだと大沼は悟った。  そのとき見た睦月の瞳は、夢や希望で溢れていた。 「大沼さんは今の真柴さんを見ても、まだ自分を責め続けるのか?」  桜はそっと大沼の拳を両手で包み込んだ。 「俺、この間見たんだ」 「何を?」 「真柴さんの寝室にどこかの国の国旗の写真が入ってるのを。その写真たては見えないように棚に伏せられていた。その国はきっと、帯人という人が国境なき医師団の医師として向かった国なんじゃないかって」  だから、と桜はぎゅっと強く大沼の拳をにぎる。 「今度は俺と2人で真柴さんを救おう」 「桜……」 「俺は大沼さんに比べたらまだまだ子どもかもしれないけど、人を癒す力には自信がある」  桜は真柴が褒めてくれた自分の才能を、自分でも信じたいと思った。真柴の心の傷を癒すことができるならどんなことでもしよう、そう思えた。 「ガキのお前に慰められるなんてな」  大沼はぐっど喉の奥を震わせた。桜は焦ったようにぱっと手を離す。 「ごめん。つい知ったような口聞いて……」 「いや、いい」  大沼は苦笑する。 「お前は似てるよ。昔のお人好しのあいつに」  そう言うと、桜の髪を手で梳いた。大沼の行動が理解できなくて桜は固まる。 「お前はもっと警戒心を持ったほうがいい」  そのまま髪をぐしゃぐしゃにされた。

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