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第85話 看病させてください
それは翌朝のことだった。目が覚めてベッドに触れるとそこには真柴の姿はなかった。シーツにはまだ真柴の体温が残っていて仄かに温かい。
桜は寝起きに水をコップ1杯飲むのがモーニングルーティーンだったので、キッチンへ向かった。その時、ソファに横になる真柴を横目に見て
(あ。今日は早起きなんだ)
となんとなく思った。水を飲み終えてからソファに横たわる真柴に近づくと、なんだか息が荒々しい気がして慌てて顔を覗き込む。すると火照った頬で苦しそうに眉を顰めた真柴が見えた。
「真柴さん。体調悪い?」
「……ん」
優しく声をかけてみると薄ら目を開けてこくん、と頷いた。桜はコップに水を注いで真柴に飲ませる。額に手を当ててみれば40度以上超えていそうなほど熱くて驚いて手を引っ込めた。
「まずは熱冷ましの薬を飲んだほうがいいから、薬箱の場所、教えて」
「……そこのチェストの1段目」
はあはあ、と荒い息をしながら真柴がソファの後ろにあるチェストを指さす。その指先が微かに震えているのを見て桜の頭の中に「緊急事態」とけたたましいアラームが鳴り響く。急いで薬箱から熱冷ましの錠剤を手に取ると真柴に手渡した。
「……」
「薬飲める?」
真柴は無言のまま、桜に身体を起こされて息をつく。水の入ったコップを手渡され口元へ運ぼうとした瞬間、かくんと力が抜けてしまう。そのままコップに入った水が真柴の着ていた部屋着にかかってしまい、服が濡れてしまった。半分ほど残った水を横目に見て真柴は静かに胸を押さえた。
「う」
真柴が一人で薬を飲むのが難しそうだと判断した桜は決意を胸に錠剤を1粒真柴の舌に押し込み、そのまま水を口に含んでキスをした。
薬を押し流すようにゆっくり真柴に口移しで水を飲ませる。こくこく、と跳ねる喉仏を見て少し安堵する。唇を離すと、ぷは、と真柴が息を吐いた。目を伏せて苦しそうにしている。熱で意識がぼんやりとしているのか、話し方もいつもと違って幼く感じる。
(誰しも熱が出た時は心細いよな。っていうか、キス……自分からしちゃった。いやでも、薬を飲ませるための緊急措置だから)
考えすぎると煮詰まってしまいそうなので、早々に一人問答を切り上げ真柴をソファに寝かせる。本当はベッドに連れていこうかと思ったが、今すぐ身体を動かすのは苦しいだろうと思い、そのままにした。
代わりに濡れた服を着替えさせるために真柴の寝室のクローゼットを開ける。適当に着心地が良さそうなものを選び、タオルも持っていく。
「今から着替えさせる」
「ん……」
桜は真柴の着ていた服を脱がしはじめた。
「え?」
真柴は何が起きたかわからないというように、虚ろな目で桜を見上げた。真柴の声に構わず桜は真柴のセーターの裾を上にあげる。
力の入っていない真柴は、桜にされるがままになってしまう。
「まずはさっき水零したところ、タオルで拭くから」
「ん……」
真柴のお腹はやはり水で濡れていた。なるべく刺激しないように慎重に濡れた肌をタオルで拭く。胸元辺りまでセーターを引き上げると、身体に悪寒が走ったのか真柴の身体がふるふると震え出した。幸い、濡れた肌は乾いたのでそのまま替えの服を着せる。
「ごめん。寒いだろ。すぐ着替えさせるから」
桜はセーターを脱がすと持ってきた薄手の柔らかい白のコットンTシャツを真柴に着せた。ズボンも下ろして腰の辺りの濡れた肌をタオルで拭く。そうしていると真柴の口から甘い吐息が聞こえてきたのでドキリと動きを止めた。
「……ん」
真柴は目を閉じていて、もしかしたら寝言かもしれないと桜は思い直し新しいズボンを履かせた。いったん、濡れた服とタオルを洗濯機に入れてスタートボタンを押す。
数分後、真柴の様子を見に行くと先程よりも呼吸が落ち着いていたのでほっと肩を落とした。薬箱には額を冷やす冷えピタもあったので、シートを剥がして貼っておく。
「とりあえず俺ができるのはここまでだな」
ソファで眠りについた真柴を起こさないように、桜はふわふわのラグの上で今日1日を過ごすことに決めた。真柴の身体に何かあった時、すぐに対処するためだ。
イヤフォンを付けてスマホで映画を見ていたらだんだん眠たくなってきた。朝早くから急病の真柴の看病をしたことで、思った以上に身体が驚いているようだ。
(こんな緊急事態は、この前真柴さんからキスされた時以来だからな)
ふに、と思わず自分の下唇に指先で触れる。さっき口移しで薬を飲ませた時の感触が、まだ桜の唇に残っていた。
(やっぱ真柴さんの唇。ふにふにしてて柔らかいし、舌先は熱くて……)
思い出したらぴゅーっと耳から蒸気が出てきそうになるので、ぶんぶん首を横に振ってさっきのことは忘れることにした。
(きっと向こうも覚えてないだろうし)
そう思ったら張り詰めていた糸がぷつんと切れて、桜はそのまま深い眠りに誘われていった。
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