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第88話 いつまでも隣にいて欲しかった(side 真柴)

 美大生は思ったより大変で、複数の課題を抱えるなんてことはざらにあった。学校に遅くまで残って絵の課題を終わらせた日もあった。  夏休みの課題は特に量が多かったり難易度が高くて、学校は休みなのにほぼ毎日学校に行って課題に取り組んでいた。  俺は運良く大沼という友だちができたので、充実した学生生活を送ることができた。帯人も医学部の学年が上がるにつれ、実習や試験が増えて忙しそうだった。  それでもお互い都合のいいときにご飯を食べに行ったり、春には花見に行ったりしていた。  昔のように毎日会うのは難しかったが、その分一緒に過ごせる時間を大切にした。  俺は人見知りなところもあって、大沼と帯人くらいしか話せる人はいなかった。美大ですれ違う女の子にも興味はなかったし、性についての知識もほとんどなかった。  ある日、帯人が一人暮らしをしている家に上がらせてもらったことがあった。その頃、帯人は研修医として大学病院で働き出した頃だった。 「飲み物持ってくるから適当に座ってて」  そう言い残し、帯人は部屋から出ていってしまった。  初めて帯人の部屋に入って俺はすごく緊張していた。  部屋の中は帯人の匂いであふれている。  小さなクッションに座っていると、目の前にあるベッドについ目がいってしまう。  ここでいつも帯人は寝てるんだ……。  へんに意識してしまう。  そろりそろりとベッドに手を伸ばしてシーツをぎゅっとにぎった。  顔を近づけると帯人の匂いが濃くなる。  気づけば俺はベッドの端に頭を預けていた。 「睦月、お待たせ」  足音もなく部屋に入ってきた帯人の声に、ぎくりと肩を震わせた。 「あの、えっと、これはその……」  ベッドから飛び退いてクッションに座りこむ。  帯人は特に驚いた様子もなく、缶のお茶を手渡してきた。 「眠いなら寝てもいいよ」  帯人は俺が大学生になっても子ども扱いする。  なんだか悔しい。  やっと成人したのに、帯人は更に大人になっていく。追いつける気がしなかった。  帯人は棚に並べてある医学書を取って静かに読み始めてしまった。  集中している帯人に話しかけても、ちょっとやそっとじゃ返事を返してくれないのはわかっていた。  自分の世界に入り込んでしまうのだ。  せっかく会えたのにつまんないの。  俺はふてくされて帯人のベッドにダイブした。  毛布にくるまって芋虫のようになっていても、帯人はチラ見すらしてくれない。  でもこういうのも悪くないな。  帯人の匂いが染みついているベッドで横になると、だんだん眠気が襲ってくる。  一番安心する匂いだからだろう。  数分としないうちに、俺は寝息を立てていた。  無言でも気まずくない、むしろ心地いい感覚に癒されていたのは俺自身だった。

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