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第90話 はやく元気になってほしい

 ハッとして目を覚ました。誰かに名前を呼ばれたような気がして。  桜はラグの上で寝ていたのだが、いくらふわふわのラグだからと言って毛布にくるまれたい衝動に襲われた。  そこで真柴のベッドにもぐりこんでうとうとしていたのだ。そうしたら、いつのまにか眠ってしまっていた。  毛布から放たれる甘い匂いは真柴の匂いとよく似ている。この匂いに包まれると身体の力が抜けてすぐに眠ってしまうのだ。  ソファに寝ている真柴の様子を見に行こうとベッドから降りようとした、その時。 「わっ……真柴さん?」 「……ん」  ベッドの下に真柴が倒れていたのだ。 (えっ? 何でここにいるんだ。さっき、ソファに寝かしたはずなのに……。もしかして起きてきて薬とか水が欲しかったのかな?)  桜は寝室の時計をちらりと横目に見る。真柴をソファの上に寝かせてから6時間ほどが経過していた。時刻はお昼時だ。  桜はベッドの下で丸くなって眠る真柴の肩をぽんぽんと優しく撫でた。 「真柴さん。大丈夫か? 薬とか水、飲みたくて来たのか?」  すると真柴は桜の声掛けに気づいたのか、ゆっくりと頭を起こして桜を見上げた。目元が潤んでいて、まだ熱はありそうだ。 「いや、薬と水……もだけど、寝汗が気持ち悪いからシャワーが浴びたかった」  もしょもしょと喋る真柴の様子は普段とはまったく違って、桜は少し目を見開く。 (なんかいつもの冷静沈着でクールな真柴さんと違って、幼くてかわいい)  桜は内心そんなふうに思っていたが、ここはまず真柴の要望を聞くことにした。 「わかった。じゃあ先に薬と水を飲んでから、シャワー浴びよう」  桜は「よいしょっ」と床に落ちている真柴を抱き上げてベッドの上に静かに寝かせた。 「待ってろ。すぐに薬と水、持ってくるから」 「……」  こくん、と真柴が小さく頷いたのを確認してから薬と水を取りに行く。ついでに乾かしているバスタオルも取り込んで真柴がシャワーを浴びる準備もして寝室に戻った。 「お待たせ。自分で飲めそう?」 「……ああ。ありがとう」  桜はミネラルウォーターの入ったペットボトルの蓋を開け、薬と共に手渡す。ゆっくり起き上がった真柴の背中を支えながら薬を飲む補助をした。ごく、ごくと余程喉が乾いていたのか真柴が水を飲む様子を見て少し安堵する。 (さっきは一人で水を飲むことも難しかったからな。少し回復してきたみたいだ) 「真柴さん。シャワーは一人で浴びれそう? 難しければ俺も手伝うよ」  薬を飲み終わった真柴に聞くと、少しぽーっとしたいた様子だが桜の一声で頭が覚醒したらしい。大きく息を吸って吐ききると桜の腕をやんわりと掴んだ。 「ああ。すまないが手伝ってもらえると有難いんだが……」  目を伏せて遠慮がちに呟く真柴に桜は笑って答える。 「全然いいよ。バスタオルも用意してあるから、今から浴室に連れてく」   「ありがとう……」  回復したもののまだ足取りがおぼつかない様子の真柴の肩に腕を回して再度「よっと」と掛け声をかけて抱き上げた。すると真柴の顔が固まって、直後林檎みたいに頬っぺたが紅くなった。 「だ、抱っこされなくても歩ける……」 「んー? 俺のお姫様抱っこじゃ不服? よたよた歩いて転んだりしたら危ないから。それに歩くよりこっちのほうが速いし」  冗談めかして真柴の抵抗を抑え込めば、目線をずらしてぐっと黙り込んでしまった。

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