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第92話 あーんさせたい桜VS意地でも自分で食べたい真柴

 真柴がリビングに姿を現した。バスタオルを腰に巻いて、ぽーっとした紅い顔のままキッチンに立つ桜を見つめている。  桜は真柴がシャワーを浴び終えたのを確認して、すぐさま寝巻きを両手に抱えて近づく。ぽたぽたと髪の毛から水が滴っていて、いつもより色気全開なのにも気づいているけど、そんなことより早く服を着せなければという使命感で身体が動く。 「服、ソファの上に置いとくから。自分で着れる?」  こくん、と真柴が力なく頷いて後ろを向いた。桜は真柴の裸を見ないように足早にキッチンへと戻る。ぐつぐつと鰹節の匂いが鍋から立ち込めている。瓶に入った鮭フレークを、鍋の中に入れひと煮立ちさせるまで弱火で煮込む。鮭の香ばしい匂いと、ほかほかしてきたご飯がとろけだす。  スマホを確認すれば既に時刻は12時半。ちょうどお昼時でタイミングも良い。桜はてきぱきと調理を進めて、2つのお椀にできたてのお粥をよそった。れんげを2つ持ち、自分用と真柴用に分ける。真柴のお粥の上には白ごまをぱらぱらと散りばめる。桜のお粥の上には細かく刻んだ海苔を乗せた。  お盆に乗せてリビングへ運ぼうとすると、不意に後ろに気配を感じて振り返る。するとそこには寝巻きのグレーの上下スウェット姿の真柴が立っていた。 「わっ……」 「……いい匂いがする」  くんくん、と子犬みたいに鼻を動かしてお粥の匂いを察知してやって来たらしい。今日のひとつひとつの真柴の言動は桜をイチコロで悶えさせる。お盆を掴む手に力を入れて今すぐよしよししたいのを我慢した。 (年下の俺に犬扱いされちゃ、さすがの真柴さんでも怒るよな) 「ちょうどお粥作ったところ。俺が持ってくから真柴さんは椅子に座って待ってて」 「ああ。わかった。ミネラルウォーターだけ持っていく。桜は桃ジュースがいいか?」 「あ、うん。ありがと」  まさか真柴に自分の最近ハマっている飲み物を把握されているとは思っていなくて、素で返事をしてしまった。いつ知ったんだろうかと不思議に思い、テーブルの上にお盆を置く。いつもは対面で座って食事をするが、今日の桜にはとある作戦がある。そのため、ミネラルウォーターと桃ジュースのペットボトルを持ってきた真柴をいつもの席に座らせて、隣に椅子を移動させて桜も腰掛けた。 「はい。どうぞ」 「……美味しそう」  桜はお粥の入ったお椀とれんげを真柴の前に置いた。自分のも隣に置く。これで作戦の準備はバッチリだ。 「熱いから冷ましてから食べような」 「……」  桜が真柴の前に置いたお椀を持って、白いれんげを使ってお粥を掬い、ふうふうと冷まし始めるとさすがの真柴も絶句したようだ。氷漬けにされたみたいに固まってしまった。 「こんなもんかな。はい、あーん」 「……っ」  桜が冷ましたお粥を乗せたれんげを真柴の口元へと運ぶ。真柴は首から顔を次第に紅くさせて、まるで茹でダコみたいに硬直している。 (へへーん。あーんされるの恥ずかしいのか)  桜は『あーん作戦』が順調に進んでいることに満足して、れんげをつんつんと真柴の唇に押し当てる。真柴はこのような状況に免疫が無いのか反応が初々しい。なんだか真柴の看病童貞を奪えたような気がして桜は内心ガッツポーズを作っていた。 「ほら、口開けて」 「……い、や。自分で食える」  桜の手かられんげを奪い取ろうとするので、それに対抗して桜は真柴の後頭部を鷲掴みした。もちろん、優しくだ。 「病人はこういう時こそわがままになっていいんだぞ」 「……わがまま」  実際、シャワーを浴びた疲労からか真柴の腕はだらんと力なく椅子に寄りかかっていて心もとない。 「ね、いいでしょ?」  桜の必殺目力うるうるビームもお見舞いすると、真柴は観念したように目を伏せてれんげに乗ったお粥をはむ、と口に含んだ。それを見て作戦が成功したことを実感した桜は、その勢いのまま掴んだ後頭部をよしよしと何度も優しく撫でた。今の真柴はまるで大型犬みたいだ。 「美味い……!」  虚ろだった真柴の目に光が灯る。どうやら味付けは効果抜群だったようだ。桜はその後も真柴にお粥を掬って食べさせる。鮭のおかゆを気に入ったのか、お椀は空になってしまった。真柴は『もっとちょうだい』と目で訴えてくるので、 「一気食いは身体に良くないから、俺が食べ終わるまでお腹の休憩してて」  と命じたら素直に応じて水を飲み、静かに目を伏せている様子だった。 「んまっ。我ながら……っんまいな」  腹ぺこだった桜はもっもっ、とお椀にあるお粥をものの数分で平らげてしまった。するとそれを横目に見ていた真柴が苦笑して言葉を洩らす。 「桜。お腹の休憩が必要なのはお前のようだな」 「うっ……」  痛いところを突かれた桜は、真柴と自分のお椀を持っておかわりをよそいにキッチンへ向かう。その足取りは軽やかで今にもスキップしそうだ。 「美味しく作れて良かった」  実は、お粥を作るのはこれが初めてだった。事前にお粥の作り方をネットで調べておいてよかった。まさかこんなにも早く役に立つ日が来るとは。  その後は真柴は桜にあーんされるのを拒むことなく、2杯目のお粥を食べ終えてしまった。桜もすぐに2杯目を完食した。  結果、2人ともお腹の休憩が必要となり15分ほど椅子に腰掛けぼーっとしてゆったりした時間を過ごした。

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