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第93話 桜との添い寝で眠れるのはなぜ?

 幸い、夜になると真柴の熱は下がった。桜に体温計を見せると平熱まで下がっていた。咳や鼻水などの風邪症状は見られず、おそらくは多忙な日々による疲労感による発熱と見られた。 「良かった。熱下がって」  桜はほっと安堵のため息を洩らす。今日1日朝から真柴の看病をしていて、やっと安心することができて肩の荷が下りた。 「助かった。桜がいなかったら、回復できてないだろう」 「もー。身体が資本なんだから、無理するなよ」  ぽす、と桜が真柴の肩に手を乗せる。そのまま、とんとんと優しく撫でると真柴は少し恥じらいながら顔を逸らした。桜は今日は色んな素の真柴の表情を見ることができてとても満足していた。内心にやにやしながら真柴の顔を見つめる。虚ろだった瞳には力が戻り、身体もふらふらもしていない。今夜1晩更に眠れば明日には完全復活できるだろう。 「夜ご飯は軽くしておくか」 「ああ。そうだな」 「じゃあちゃちゃっと作ってくる」  桜がソファから立ち上がろうとすると、真柴が不意に腕を掴んできた。簡単には離してくれそうにない。 「桜は俺のお世話をしてくれたから疲れているだろう。今日の夜ご飯は簡単にお湯で作れるコーンスープや即席味噌汁と、冷蔵庫にあるお米を温めて食べないか」  真柴の提案に桜は甘んじることにした。確かに、一日中気を張って疲れている気がする。 「ん。わかった。少し休もうかな」 「ああ。そうしよう」  真柴の表情はいつもの無表情で、何を考えているのかやはりわからない。それにしても、腕をいっこうに話してくれそうにない。 (もしかして今は一緒にくっついてたいのか?) 「テレビでも見る?」 「……」  気を利かせた桜の言葉に真柴はふるふると首を横に振る。テレビを見る気分ではないようだ。それならばと桜はひとつ仕掛けてみることにした。 「真柴さん。もしかして眠くなってきた?」 「……少し」  そう言う割には、さっきから目がしょぼしょぼしているし、脱力して身体がだらんとソファの背もたれに沈んでいる。桜は更に真柴に詰め寄る。どんな反応をするのか見たい一心で。 「俺のこと、ぎゅーしたいの? 俺のこと抱き枕にしてる時だけは眠れるんだもんね?」  桜の挑発的な問いかけに真柴は唇をぎゅっと噤んで、左腕で顔を隠してしまった。 (わ、……照れてるのかわいい)  桜はついつい嬉しくなって真柴の肩に頭をこてんと乗せた。 「んー。いいよ。俺はいつでも。だって俺、真柴さんの専属抱き枕兼ハウスキーパーだもん」  得意げに笑っていたら、急に視界が暗転した。体勢が変わったことに気づく前に真柴の端正な顔が間近に迫ってきていて息を止める。  桜はソファに沈められる形で真柴に押し倒されていた。服越しに触れる筋肉が、骨のごつごつとした感触が互いの存在を確かめるようで嬉しくもあり恥ずかしくもある。 (まずい……怒らせたかな?)  ヒヤヒヤしながら反応を待っていると、真柴が観念したように桜の頬を手のひらで撫でた。 「生意気なところは出会った頃と変わらないな」  微かに笑っているのがわかる。からかわれただけらしい。 「ベッド、行く?」  桜の誘いに真柴は柔らかく桜を抱きしめて応えた。そのまま、肯定するように桜を抱きかかえて寝室へ向かう。 「いや、真柴さん病み上がりなんだから俺のことお姫様抱っこしちゃだめだって!」 「いや、もうほぼ治った」 「もー!」  真顔の真柴にお姫様抱っこされ、そわそわしてしまう。けれど決して落とさないだろうなという確信があった。 「桜は夜ご飯食べなくても眠れるか?」  ベッドに優しく下ろされてからそんなことを聞かれた。わかりきってるくせに、と桜は内心むくれる。 (そんなのもちろん、真柴さんに合わせるのに)  それに、今はお腹が空いているわけじゃなかった。今は自分から提案したように、早く真柴に抱き寄せられて眠りたかった。疲れた身体を一刻も早く癒して欲しかった。本来は桜が抱き枕として真柴を癒す役割なのに、いつしか桜のほうが真柴に癒されていた。  (添い寝しないと眠れなくなったのは、俺のほうなのに)  真柴と出会う前は添い寝なんてしなくてもある程度の睡眠は取れていた。けれど、真柴に出会ってから。桜の中にある柔らかくて繊細な部分を包み込んでくれるような優しさに溺れていたのは自分のほうだった。  今だってそうだ。目の前で眠る王子様みたいな人。それが、桜の主人だ。 (この人に抱かれて眠ると安心できるのはなぜだろう?)  答えの見つからない問いを何度も自分に投げかけている。自問自答したって良い回答が得られるわけじゃないのに。わかっていても考えてしまうのは真柴のこと。  仕事、忙しくて辛くないかとか。ちゃんと職場で昼ごはん抜かずに食べてるかとか。 (なんかもう、俺の毎日って真柴さんのことばっかり考えてる。暇なのかな)  そうやってわからないものには蓋をして、見て見ぬふりでやってきた。幼い頃からずっと。  桜が深く考え込み、神妙な顔をしていたのが真柴にバレたようで、こつんとおでこを指パッチンされた。痛くない優しさが、嬉しかった。 「どうした? 浮かない顔をして」  ふわふわの毛布の中で真柴に抱き寄せられながら問われると、嘘がつけなくなる。信じてくれている人を裏切りたくなくて。 「なんかさ……俺、毎日しあわせだなーって。真柴さんと出会ってからずっと」  不意に深い意図なく洩らした言葉を真柴の耳はしっかりと拾っていたらしい。 「……そうか。それならなによりだ」  低く耳心地の良い声で耳元で囁かれると、うとうとしてしまう。まるで波の穏やかな海の上に揺られる船に乗ったように、心が静まるのだ。

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