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第94話 おやすみなさいのキス
「1個、聞いてもいいか?」
「うん?」
桜はこの際、聞いてしまえと以前から不思議に感じていたことを本人に聞いてみることにした。
「真柴さんはなんで俺を抱き枕にすると眠れるの?」
核心をつくような質問に、真柴は最初目を瞬かせていたが数秒間の沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
「柔らかいからだ」
「なにが?」
予想もしなかったワードに頭が置いてけぼりになる。すると真柴は答えを言葉ではなく行動で示してきた。
ぎゅ、と少し強めに腰を抱き寄せられた。毛布の中で2人の距離がゼロになる。ひゅっ、と桜の喉奥を空気が走った。それは驚いて息を飲む音だった。
薄い寝巻き越しに感じる真柴の体温は桜にとって心地よかった。
「肌も、髪も、身体も柔らかいから、抱き締めやすい。しかも、身体が大きいから安心して掴める」
ぎゅむ、と真柴は少しおおげさに桜の肩を優しく掴んだ。確かに背が高くて骨格もしっかりしている自分は、同じく長身の真柴にとってジャストフィットな抱き枕なのかもしれない。機能性に優れた万能抱き枕。そんな売り文句が頭に浮かんだ。
「それと、匂い」
「え?」
ふわっ、と真柴が微笑みかけてくる。目を細めて心底嬉しそうに。
「おひさまみたいないい匂いがするから」
「わっ」
そう言うと、すんすんと桜の首元に顔を埋めて匂いをかぐ仕草をした。
(なんか真柴さん、こうしてると大型犬みたいだ。黒いボーダーコリーみたいな……)
思わず、桜の手が伸びて真柴の後頭部を撫で始める。無意識の行動に桜ははっとして撫でる手を止めた。年上の人の頭を撫でるなんて、失礼に値するかもしれない。それに、真柴は桜の胸元に顔を埋めたまま固まってしまった。怒らせてしまったかもしれない。
反省して謝ろうとすれば──。
「ごめん、そういうの反則」
「んっ?」
真柴が不意に頭を持ち上げて桜の額に唇を押し付けてきた。本当に、軽く触れるだけのキスだった。けれど、桜の心を火傷させるには十分な熱さだった。
(う、そ。今、おでこにキスされた?)
突然の事態に身体中がぼんっと火を吹くように血流が速まる。
「おやすみなさいのキス。今夜から毎日する。よく眠れるおまじないだ」
「あ、う」
「おやすみ。桜」
再び、真柴の柔らかい唇が今度は桜の手の甲に触れた。そっと、押し付けるようなキスに指先が甘く痺れる。戸惑いを隠せない桜を他所に、真柴はすやすやと寝息を立て始めてしまった。
「おやすみなさいのキス……って。これから毎晩?」
独り言を洩らし目が冴えてしまった桜は、そこから眠るのに1時間以上かかってしまった。
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