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第99話 真柴の誕生日はクリスマスイブ

『兄ちゃん最近仕事楽しそうだね』  晩秋は過ぎ、しんしんと冷え込み始める12月半ば。早朝の気温は10度を下回る日が続く。  夜ご飯を食べたあと桜は洗濯物をとりこみながら、弟の瞬に電話をかけて話していたところだった。せっかくならばとビデオ通話でお互いの顔を確認しながら話すことにした。  真柴は2泊3日の北海道出張で家を空けているから、実質桜だけの一人暮らし気分を味わえている。この機会にたっぷり一人の時間を楽しんでおこうと家事をちゃちゃっと片付けて、時間が出来たので瞬と久しぶりに話したくなったのだ。 『んー、そう思う?』 『うん! めちゃくちゃ楽しそう』  瞬はスマホの画面の中でにんまりと唇を上げている。  桜もつられて微笑んだ。 『なんか、去年より少しふっくらしたんじゃない?』 『え? デブったかな、俺?』  桜はぎくっとして画面に映る瞬のことを見つめた。  トレーナーの上からお腹のお肉をつまむと、確かに以前よりぷにぷにしている。 『いや、太ったねってことじゃなくて、標準体重になったというか……前より肌ツヤもいいし健康に見えるよ』 『……そっか』  確かに、真柴宅に抱き枕兼ハウスキーパーとして働き始めてから、前よりもQOLが爆上がりしている気がする。  お風呂に入ればハイブランドのシャンプーにリンスが使い放題。タオルももっちもちの新品未使用。真柴の不眠症を少しでも治せればと、栄養バランスを考えた献立を意識して作っていた。真柴に食べてもらいたいのも一番だが、一緒に夕飯を囲むひと時がこの上なく幸せだった。  もう半年以上も真柴と共に生活している。長いようであっという間だった。1日、1日が濃くて密度が高かった。 『でも、それだけ素敵な仕事なんでしょ? 良かったじゃん』 『うん』  桜は照れくささを隠しきれず、ぽっと頬を染めた。  実際、瞬の言う通りで、真柴が出張する度に桜は家で大人しく待つように言い渡され家で寂しく横になっていたのだ。真柴がいない部屋はどこか広く、空虚に感じた。  人寂しいという気持ちを久しぶりに感じた。  今すぐにでも会いたかった。  真柴が忙しいことはわかっているが、もっと自分に甘えてくれてもいいのに、と桜は思う。  最近、真柴は売れっ子写真家として仕事が舞い込むことが多く、嬉しい悲鳴を上げる一方で帰宅したらそのままバタンキューしてしまうほど疲れている様子だった。だから、なかなかゆっくり時間をとって話すことができない。  真柴は桜に洗濯と掃除、料理を頼みそのまま仕事部屋にこもってしまう。仕事中に声をかけるのは躊躇われて、自分の部屋で買ってもらったソファでごろごろするのがルーティーンになってしまった。  真柴の仕事を邪魔したくなくて、言われたことを全て終わらせたらソファに座ってテレビを見たりスマホゲームをして気を紛らわせていた。  唯一二人きりで話せる場所といったら、食事をとるときだけ。眠る前のちょっとした会話も多忙な真柴には難しいようで、桜を抱きしめると泥のように深く眠ってしまう日々が続いていた。  最近は真柴も仕事とプライベートの両立をとれるようになったらしく、体調を崩すことはなくなった。  桜の作ったものをたくさん食べてくれるおかげで、やつれた体も少し肉がついたようにみえる。  以前宣言されていたとおり、食事を終えたら桜は絵のモデルをしに大沼の家へ向かう。  初めて会った頃よりもなんとなく大沼の雰囲気がやわらかくなったような気がした。  特に話すこともなく、桜はモデルをこなしていた。  ある日、真柴の家に帰るとき大沼に包を渡された。 「陽介に渡してくれ」 「わかった……って、これなんだ? お土産?」  なんだろう、と手渡されたものを持ち上げる。手にすっぽり入るような大きさの赤い包みだった。  桜は言われた通りに、出張から帰宅した真柴に包みを渡す。 「大沼から? なんだ」  真柴も心当たりがないのか不思議な顔をしている。 「ああ……」  包みを広げた瞬間、真柴は嬉しそうなため息をついた。  桜はそんな真柴の様子に驚いて包みの中身を見てみると、ハッピーバースデーと書かれたカードとともにクマのキーホルダーが入っていた。 「俺の誕生日、あいつ覚えていたんだな」  真柴は包みの中からカードとクマを取りだすと、頬にすり寄せて笑った。  それにちょっと嫉妬した。胸の奥がざわざわする。 (なんか、そんな反応されるの、やだな) 「真柴さん……。今日誕生日なのか?」  桜はハラハラしながら聞いた。主人の誕生日すら知らないなんて、ハウスキーパー失格だ。 「正確には今日じゃない。クリスマスイブなんだが、当日に渡すのが恥ずかしくてわざわざ桜に持たせたんだろう」 「そっか……」  桜はほっとして肩をなでおろす。 (よかった。まだお祝いは間に合う……!)  その日は12月の中頃。  クリスマスイヴまであと一週間を切っていた。

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