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第100話 クリスマスイブの旅行
そしていよいよ明日はクリスマスイブ。
真柴へ渡すプレゼントを何にするか、桜は一週間悩み続けた。自分の得意なもので真柴をお祝いするのがいいと決めた桜は、どんなご馳走を作ろうか調べていた。
明日の朝スーパーに車で連れて行ってもらって、食材を買おう。
お昼と夜はお祝いの気持ちを込めたご馳走を作って、真柴に食べさせてやりたい。
「おやすみ。桜」
この日はなぜか、真柴はおっとりとした雰囲気で桜を抱き寄せてきた。いつもより忙しくはなさそうだ。繁忙期を乗り切ったのだと、夕食の際に言っていた気がする。
「ん。おやすみ」
ちゅ、と今日は桜の耳たぶにおやすみのキスをされた。いつもより顔が近くにあるから、変に緊張してしまう。身体がカッと熱くなって、布団も剥ぎたいくらいだ。でも、真柴はすやすやと気持ちよさそうに眠り始めてしまったから身動きが取れない。
そのまま悶々とした気持ちを抱えて瞳を閉じた。
翌朝、真柴の一言で眠気が吹き飛んだ。
「今日は俺一日休みなんだ」
歯磨きをしている桜の髪に手を伸ばし、毛先をくるくると指に巻き付けながら言う。なんだか、今日の真柴はいつもと違うと桜は感じていた。前に桜をデッサンすると宣言した日のように、るんるんとしている。ご機嫌な様子だ。
「だから今日は出かけないか?」
はにかむように笑って真柴が聞いてくる。その笑顔が綺麗で、桜もつられて頬を赤くして微笑んだ。
「うん。行きたい」
「よかった」
真柴はふうと大きく息をつく。安堵のため息のように桜には見えた。
行先はわからないまま車に乗せられ、1泊用の荷物を用意するよう言われたのでパッキングしたキャリーケースを後部座席に置いた。
「俺、ずっと桜と行きたかった場所があるんだ」
静かな車内でぽつりぽつりと話し出す真柴の横顔を桜は盗み見た。
「どんな場所なの?」
「ついてからのお楽しみだ」
ぷくっと頬を膨らませた桜を見て真柴は嬉しそうに微笑む。
赤信号になってから、真柴は桜のほっぺをつんつんと指でつついてきた。
「そんな顔するな。かわいい顔が梅干しになっているぞ」
「っ!」
(なっ、なんだ。今日の真柴さんやっぱりおかしい。俺のこと、かわいいなんて言うなんて……)
胸が高まる。顔に熱が集まる。特に桜にとっては人生で初めての旅行というのもあって、わくわくどきどきで胸がいっぱいなのだ。
気になることがたくさんあるに決まっている。
桜は窓の外に流れてゆく街並みに目をやる。
昼間なのにちらちらと光るイルミネーションが木々に連なっている。
おしゃれなカフェやレストランの入口には「Merry X'mas」と書かれたボードが置いてあり、列に並ぶお客さんを楽しませている。
子供連れやカップル、2、3人の男子のグループや女子のグループがクリスマスプレゼントを選び、買い物を楽しんでいるようだ。
12月にほとんど雪の降らない都心では厚着をしている人もまだ少ない。
見た目の派手な女性たちは膝や肩を見せるような服でスマホを片手に歩いている。
それを横目に通り過ぎる独身と思われる男性たち。
若く派手な見た目をした男たちが女性に声をかけている。
売れないホストの成れの果てのように見えた。
街を歩く人々は皆、おもいおもいにクリスマスを楽しんでいるようだった。
桜はクリスマスを瞬以外と過ごすのは初めてだった。
毎年スーパーに行って売れ残ったクリスマスケーキやチキンを買い漁り、クリスマスの翌日に食べるのが常だった。そしてそれが一年の中で一番のごちそうだった。
お金がたくさんなくても、瞬と一緒にごちそうを食べることが桜の幸せだった。
「もう少しで着く」
桜ははっとして我にかえる。ついつい物思いにふけってしまった。
再び赤信号になり真柴が話しかけてくる。
「桜、その服じゃ寒くないか?」
「……大丈夫。慣れてるから」
「そうか」
ちらりと真柴は桜の着ていたコートに目をやる。かなり薄手で春秋用のコートに見えた。
中に何枚か着ているのかもしれないが、これからの極寒の季節その薄手のコートでは寒いにちがいない。
じっと見つめすぎたのか桜はそっぽを向いてしまった。
青信号になり真柴も前を向いた。
(最近出張続きでゆっくり話せてなかったからな。色々、話したいことはあるんだが……)
いろいろと考えあぐねているうちに目的地に到着した。
駐車場に車を停めて真柴は大きく伸びをする。
「あの、ここは?」
「俺の行きつけ。さ、いこう」
桜は目の前に広がる光景にあっけにとられていた。
横にのびる大きな黒光りの門。立て札には達筆な字で「霞」と書いてある。
都内にこんな場所があるのかと桜は驚いた。
真柴の後ろをついていく。
「いらっしゃいませ」
門の前に立った瞬間、すぐ横につけられた戸から着物を着た女の人が出てきた。真柴を見ると丁寧に腰を折る。
「真柴先生。先日はありがとうございました」
先生?
桜は真柴の背中を見ながら首をかしげる。
「いえいえ。とんでもないです」
「……あら後ろの方は」
「ああ。我が家のハウスキーパーです」
「あらまあ」
ハ、ハウスキーパーって真柴さん言った。
桜は真柴の背中に隠れて赤く染まった頬を見られまいとする。初対面の人にハウスキーパーです、と紹介するのはなかなかの強心臓ではないか。
真柴の背後から出られずにいると、女の人はくすくすと笑いだした。
「恥ずかしがりやさんなのかしら。かわいらしい方ですわ」
「そうなんです」
そうなんですって……。桜はますます顔に熱が集まるのを感じた。こういった旅館に縁がなかった桜は作法などよく知らない。そんな自分に少し失望さえした。
「さっそくご案内しますわ」
「よろしくお願いします」
門が開かれ中の景色が見えてきた。
「うわ……」
深緑の中に浮かぶ赤や金、白の鯉たち。すいすいと尾を振って優雅な遊泳をしている彼らを見ていると、桜は真冬の厳しい寒さを忘れてしまいそうになる。足元には苔におおわれた石がごろごろと転がっていた。
丸い石畳を通り小さな橋を渡る。
初めて見るものばかりで桜はつい食い入るように視界に映るもの全てを見つめてしまった。
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