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第102話 クリスマスイブの告白

 目を覚ましたときには茶色の木目をした天井が見えた。 「ん……?」  真柴はベッドより少し硬い感触を背中に感じた。触れてみればほわほわしている白い布団だった。 「……寝てた、のか?」  左側にはこたつが見えた。右側には立派な松の描かれた掛け軸が見える。  障子の向こうからなにやら人の話し声が聞こえる。気になって這うようにして障子に近づいて耳をそばだてた。 「それにしてもほんとうに可愛らしい方ですね」 「そんなことありません」 「照れていらっしゃるのかしら。お顔が真っ赤ですわ」 「えと、あの……」 「ふふふ。からかいすぎてしまったかしらね。そういえば夕食の準備はいつにしましょうか」 「真柴さんが起きてから聞いてみますね」 「でもあなたはお腹空かないかしら?」 「大丈夫です。起きるのを待ちます」 「あらぁ。いいお嫁さんですこと」 「……?」  旅館の主人と桜の声だった。きっと今、桜は頬を真っ赤に染めているに違いない。  真柴は胸がぐっと締め付けられるような思いがした。  桜が自分を待ってくれている。そのことがなによりも嬉しかった。  すくっと立ち上がると障子をそっと開けた。 「わっ、真柴さん」 「あら真柴先生。聞いてらしたのかしら?」 「ええ。今から夕食をお願いしてもいいですか?」 「はい、もちろん。ただいま準備に取り掛かりますのでどうぞお部屋でおくつろぎください」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」  真柴は軽く頭を下げる。桜もそれにならって頭を下げた。 「真柴さんもう起きて大丈夫なのか?」  うかがうように真柴の顔を見上げる。 「大丈夫だ。寝てしまってすまない。それに、布団まで」  しゅんと怒られた犬のように身体を小さくする真柴を見て桜はふるふると首を横に振った。 「全然! 今日のために一生懸命お仕事頑張ってくれたんだなって思って……その、嬉しいから」 「桜……」  まぶしい笑みを浮かべる桜を見て真柴は目を細める。  桜がくしゅんと小さなくしゃみをしたのを見て真柴は急いで部屋の中に連れ戻す。 「外寒かっただろう。ほら、おいで」 「……」  桜は緊張しつつも、腕を広げて座る真柴の腕の中にゆっくり飛び込んだ。寝起きの真柴の体温はいつもより少し高い気がして、桜はドキドキしながら真柴の腕に抱かれた。無言のまま10分ほど時間が流れた。 「真柴さん、もう大丈夫だから」 「だめだ。まだ手先が冷たい。風邪を引かせたくないからな」  はやくしないとまた旅館の女主人が夕食を持って来てしまう。この状況を見られるのは恥ずかしすぎる。そう思った桜はいもむしのようにもぞもぞと動きだす。  けれど頑丈に囲う真柴の腕の中からは逃れられそうにない。  しばらくその状態が続いたが、外で人の足音が近づいてくると真柴はそっと腕を離した。 「さ、夕食にしよう」  真柴は桜の手を引いて座卓の前に座った。真正面に真柴の整った顔があり、桜は少し気恥しいような気持ちになり目線を逸らした。 「うわぁ……」  目の前に置かれた料理の数々を見て桜は目を爛々と輝かせる。その様子を真柴はにこにこと見つめていた。 「気に入ってくれた?」 「はい……。すごく美味しそうです。」  桜はぐぅとお腹が鳴ったことにすら気づかずに出てくる料理をじっと見つめている。 「お食事が終わりましたら御手数ですが廊下にこちらの花瓶を置いてください。確認次第片付けに参ります。」  料理をすべて並べ終えると、料理人と思しき男性は一礼して部屋をあとにした。 「綺麗」  桜は机の真ん中に置かれた花瓶を見てうっとりとする。中に花は入っておらず、空色の透きとおったガラスの向こうに真柴の腕が見えた。 「でもなんで花が差されてないんだろう……」  首をかしげて考えこんでいると真柴がふは、と軽く吹き出す。 「桜は結構鈍いところがあるんだな」  そう言うと真柴は花瓶を指さした。 「さっき着物の女の人がいただろう? あの人はこの旅館の女将さんなんだ」 「そうだったんですね」 「やたら桜のことを褒めていただろう?」 「……はい」 「その気持ちの表れだよ。女将さんは桜のことを綺麗な花のようですねと伝えているんだ。言葉じゃなく、行動で」  桜はなんともいえない恥ずかしさが込み上げてきた。  こうやって物で好意を示されたことは今まで一度もなかった。  自分が女将さんの思いに気づけなかった鈍感さと、何度も可愛いと言われたことへの二重の恥ずかしさで桜はカッと首から額までを真っ赤に染めた。 「照れている桜も初いな」  にやにやと悪戯っ子のような目をした真柴と目が合う。どきっと胸が跳ねた。自分がすごく変な顔をしているような気がしてぱっと下を向いて箸を見つめた。お腹がぺこぺこだったから、そっちに意識を向けようと真柴から視線を外した。一度見つめてしまったら、もう二度と目が離せなくなるような気がして。 「さっそくいただこうか」 「……はい。いただきます」  料理に箸をつけはじめてからは、普段のように真柴をまっすぐ見ることができた。  真柴は茶化してくることが多くなった。きっとお互いの距離が前より縮まったからだと思いたいが、どうも調子が狂ってしまう。  目の前で子どものような笑い方をする真柴を見て、桜は20代後半の男の人を相手にしているような気分には到底なれなかった。

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