105 / 109

第105話 聖夜なる夜に癒しの君と(R18)

 それは突然始まった。  互いに告白をして、やっと想いが通じたのがわかったから自然とそういう風になった。 「……ん」  「んっ……ん」  畳の上に押し倒され、真柴にキスされる。何度も、角度を変えてはじめは押し付けるだけの優しいキスだったのに、次第に息が弾むような激しいものに変わっていく。  真柴とは人違いによる事故ちゅーと、おやすみなさいのキスくらいしかしたことがなかった桜にとって、深いキスは愛おしさ以上の意味を持った。  圧倒的な信頼感、安心感と癒しそのもの。 「……」 「ぁ……ふっ」  真柴の腕の中で身体をくねらせる、快感のあまり腰がかくかくと震えているのがわかる。服越しに伝わってしまうんじゃないかと焦って更に身をよじろうとすれば、それを真柴に制される。 「……悪い。がっつきすぎた」 「……はぁ……っほんとだよ!」  数分間の濃厚なキスの果てに桜は荒く息を吐いて笑った。真柴は少し反省するように肩を縮こめる。まるで黒いボーダーコリーが垂れ耳でしょんぼりしてるみたいに見えて、たまらず桜はそんな真柴の頭をよしよしと撫でていた。  今にも「くうん」と言いたげなお預けされた真柴の顔には、ちょっとだけ不満な様子も見てとれた。 「お湯が冷める。風呂に行くぞ」 「わぁっ」  真柴にお姫様抱っこされて、外にある露天風呂に連れていかれた。 (こんな積極的で強引な真柴さん見たことないや。むっつりスケベってこういうこと?)  冷静に分析する自分の頭とはうってかわって、桜の身体は発火したように熱くなる。これから、露天風呂にふたりで入るのだ。そんなの、緊張しないほうが難しいに決まってる。  真柴は着ていた黒いニットを脱ぐと、ズボンのベルトに手をかけ始めた。桜は思わず後ろを向いて見て見ぬふりをして誤魔化す。後ろでカチャカチャと鳴るベルトを外す音がやけに生々しく聞こえて、逆効果だった。  そして、不意に後ろから抱きしめられた。 「俺一人だけ裸にするのか?」  囁くような低音ボイスが今はお腹に甘く響いた。 「い、や。ちゃんと俺も服脱ぐからっ。くっついてたら脱げない。真柴さん風邪引くよっ」  後ろを仰ぎ見れば、少し意地悪な顔をしていた。 「わかった。じゃあ先に入って待っている」  そう言ってやっと身体を離してくれた。桜はばくばくする心臓が今にも口から飛び出すんじゃないかとその場にうずくまる。 (なんだよ、今の。反則……!)  真柴をこの極寒の空の下待たせるわけにもいかず、桜はぽいぽいぽいっと服を脱いで竹籠に入れた。 (べ、別に男の裸見るなんて今まで何百回もあったんだし、へーきへーきっ! 今更緊張することない)  がらら、と戸を引くと外の冷気がぶわっと皮膚に浸透してきてその場で身震いした。  シャワーを浴びている真柴の近くに静かに近づく。可能であればそのまま熱いシャワーを全身に浴びせて欲しかった。 「ま、真柴さん……っ寒い!」 「だめだ。今後、俺を『真柴さん』と呼ぶことは許さない」  熱いシャワーを浴びてにやりと笑う真柴が桜の唇にそっと人さし指をくっつけた。桜ははやく熱いお湯をかけてほしくて早口で懇願する。 「じゃあなんて呼べばいいんだよっ」 「睦月って呼んでくれたら凍えている桜に命のお湯をかけてやる」  こんな、取引みたいな交換条件を突きつけられたのは初めてだ。真柴はこの状況を楽しむ余裕があるらしい。桜は寿命を伸ばすため、名前を呼んだ。 「睦月っ……さん。お湯ちょうだい」  ついでに上目遣いもお見舞いする。真柴はぽかんと気の抜けた表情をしてから、一拍置いてザーっとシャワーを桜にかけてくれた。けど、なぜか抱き寄せられたままふたりでお湯を浴びている。 「はあ。かわいい。あまり試すようなことをしないでくれ。俺がもたない」 「……あ、ありがとう?」  困らせているのか、喜ばすことができたのかいまいちわからなくて、とりあえず感謝の言葉を述べた。  その後は身体をささっと洗って速攻で露天風呂に入った。あまりの寒さに桜が甘いムードをぶち壊したためだ。真柴より先に熱いお湯の中へダイブした。少しいぬかきをして泳いでいると、ようやく真柴がゆっくり露天風呂に入ってきた。 「おいで」  ちゃぷちゃぷ、とお湯を少し波立たせて真柴が桜を呼んでいる。桜はそろそろと露天風呂の壁に背をもたれる真柴の隣にくっつこうとした。なのに──。 「寒いだろう。ほら、こっちだ」 「わっ」  連れていかれたのは、真柴の隣ではなく大きな胸の中だった。ぎゅうっと強く抱きしめられて身体がお湯の中で触れ合う。露天風呂のお湯は乳白色で、お湯の中が見えなくてそこだけは感謝した。真柴の裸をまじまじと見てしまったら、顔から火を吹きそうだ。  腕、脇腹、腰。  真柴に触れた部分からじんわりと熱が移ってくる。久しぶりに触れた真柴の体は、こんなに熱かったのかと思うほど熱を持っている。  しかし、いくら近くにいるからといって外の寒さは部屋の中とは比べ物にならないくらい寒い。 「それにしても寒いな。今度来る時は暖かい季節にしよう」 (あ、またひとつ約束ができた)  真柴は決して軽い気持ちで言葉を発したりしないことを桜はよく理解していた。だから、胸を打たれた。またこうして一緒に来たいと思ってもらえたのが、嬉しくて嬉しくて。 「ほらもっとちゃんと首までお湯につからないと」 「わっ」  ざぷっと勢いよく肩を押されて桜は身体が沈んだのを感じだ。そこまで深くないから足を前に放り出すような格好になる。顎がお湯につかる。 「悪い。押しすぎた」 「今のは犯罪すぎる。危うく溺れるとこだった」  こんなやりとりも、もう真柴は慣れた様子でくつくつと喉を鳴らして笑うだけ。こういったラフな掛け合いができるのは桜が真柴を話しやすい人だと認識しているからだ。 「いい湯加減だ」 「たしかに。空気は冷たいけど、お湯が熱いからサウナと水風呂を同時に楽しめてる感じがする」  桜の言葉に真柴はうんうんと頷く。そうして、あっというまに桜の両脇に真柴の腕がまわりこむ。胸の前で重ねられた真柴の手に視線を奪われてしまう。 「もう緊張はしなくなったか?」 「っ!」  無防備な胸に真柴の手が重ねられ、とくとくと心地いい心音が大きくなってしまう。そしてそれを意地悪く指摘され、桜は体全身が熱くなるのを感じた。 「……思っていたよりまだ緊張しているんだな」 「やめろ、睦月さんのばか。おかかナス」  ほんとうになんて恥ずかしいことをぽろりと言ってのけるのだろう。言う側は無自覚かもしれないが、言われたほうはどう返していいか反応に困ってしまうのに。  恥ずかしくなって水面を覗き込むように下を向く。やっぱり慣れることなんてできない。  それに久しぶりに二人きりになるだけでも心臓がおかしくなってしまうのに、こうして一緒にお風呂に入るのもいっぱいいっぱいだ。  そこは年の功というのか、真柴はいたって冷静に見える。取り乱すことは少ないし、対応も大人だ。  それに比べて自分ときたら。まともな恋愛経験もないから、こういうときどう行動するのが正解なのかわからない。わからないから恥ずかしさも増すし、子供扱いされたくないという変なプライドもあって頭の中はごちゃごちゃだ。 「桜だけにやるのは不公平だな。俺もまだ緊張している。ほら」  しばらく無言でいたからだろう。真柴は茶化すように、桜の手をとり自身の胸に触れさせた。そこは、桜と同じくらいにばくばくと心音が激しいのが手のひらを通じて伝わってきて少し安心した。 (睦月さんも緊張してるんだ。俺だけじゃないんだ)  直後こつん、と後頭部に真柴の額が触れた。  まさか逆上せた!?  勢いよく首をよじって後ろを振り向くと、そこには──。 「っ!」  いつも寝る前に見慣れている真柴の寝顔が見えた。うとうとし始めている。今にも眠ってしまいそうだ。 (まずい、ここで寝たら危ない!)  湯に浸かっているせいか、いつもより何倍も熱を持った身体。じんわりとしわのあるこめかみを伝う汗。  目を伏せる真柴の横顔にひどくそそられた。整ったEライン。高く通った鼻筋。  いつもは自分のほうが余裕がなくて真柴に任せきりにしていた。  大人の真柴の対応にはつけ入る隙もなくて、全て真柴の思い通りに進められてしまっていた。  でも今日は。  真柴の誕生日の今日くらいは。  自分が真柴に尽くしたい。  桜は決意を胸にうたた寝をする真柴の身体を揺さぶり、起こそうと必死になる。

ともだちにシェアしよう!