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第106話 これを愛と呼ぶなら(R18)
「睦月さん! ここで寝たら死ぬよ! 俺、逆上せそうだから先に上がる」
「……ああ。すまない。抱き枕として抱いている桜とこの温泉のあたたかさが心地よすぎて寝落ちしそうになっていた」
真柴は桜の胸の前で重ねた手をそっと解いた。
「睦月さんはまだお湯につかっててよ。今日くらい身体を休めたほうがいい」
黒目がちな瞳をやや細めて桜は言った。なかなか見せない桜の大人びた表情に、真柴は言う通りに従うことにした。
「その言葉に甘えさせてもらおう」
「うん」
桜は静かに戸を閉める。暖房のきいた部屋の中はちょうどいい温かさで、湯冷めすることもない。
(とりあえず睦月さんがお風呂から上がる前に準備しないと……)
慣れない浴衣に袖を通し、帯をしめる。初めて着る浴衣に胸のあたりがドキドキとした。
桜は高鳴る胸に、平常心平常心とつぶやく。
(なんたって今日は睦月さんの誕生日だから)
落ち着きがなく部屋の中を行ったり来たりしていたが、桜はようやく覚悟を決めた。
自分の荷物を既に敷かれていた布団のそばへ寄せる。露天風呂に入っている間に女将が布団を敷いてくれていたようだ。平机の上には透明な包みに入った金平糖が2袋置いてあった。おやつにどうぞ、という意味だと桜は捉えた。
まるでこれから切腹する武士のように、桜はしゅっと背筋を伸ばして布団の上に正座した。
ガラガラ、と戸が開く音が聞こえて桜はピクリと窓のほうへ目をやる。
湯の滴る身体はひどく扇情的で桜は食い入るように見つめてしまう。真柴はそんな桜の視線に気づいていないようで、湯冷めしないよう急いで浴衣に手を通した。慣れた手つきで帯をしめると、ゆっくりこちらへ向かってくるのがわかった。
「睦月さん」
桜が白い布団の上で正座しているのを見て真柴は切れ長の瞳を大きく見開く。髪を拭いていたタオルをぽとりと畳の上に落とした。
「桜? どうした?」
ただならぬ桜の様子に真柴は動きを止めた。
まだ少し濡れている黒い髪は、普段よりもっとつややかに見える。ふっくらとした頬は湯気のせいか赤みを帯びていて──。
「逆上せたのか?」
真柴は桜の元へ駆け寄り、熱がないか確認する。ピンク色の浴衣の襟の隙間から首筋に手のひらを入れた。
「えっ?」
今度は桜が驚いて体をそらそうとする。
「……熱はない、か」
「睦月さん?」
「よかった。やはり真冬の露天風呂は危ないな」
ぶつぶつと後半は何を言ってるのかわからなかったが、真柴が勘違いをしていることは桜にも理解出来た。
「俺、逆上せてないよ」
「ん?」
真柴を安心させるためにそう言うと、真柴がクエスチョンマークを浮かべてこちらを見ている。
「そうか……それなら、なによりだ」
ほっと力を抜いて目を逸らしながら呟いた真柴の言葉に桜はこくこくと頷いた。
「睦月さんにはいつも俺の心配させちゃってごめん」
「いや、謝ることじゃない。俺は桜の主人だから当たり前のことをしているだけだ」
真剣な眼差しそのものを浴びた桜はついに覚悟が決まった。自分から誘おう、そう思ったのに真柴の顔が不意に目と鼻の先に近づいてきて──。
「桜」
真柴の目じりには優しさの色がありありと浮かんでいる。
桜もそれに応えるように微笑みを浮かべた。
「……綺麗だ」
ぽつりと真柴の小さく震える唇から漏れた言葉は小さくて桜には届かなかった。
「……っ、んむッ」
噛みつくような真柴の口付けを許した桜の身体は、少しずつ湯にあたったときのような火照りを取り戻していく。
あまりにも性急で、加減など知らないような真柴の動きに桜は不思議と恐怖や不安を感じなかった。
さっき浴衣に着替えた時から、きっとこうなるだろうと予想していた。
今日、やっと大切な人と繋がれる。それを強く願っていたのは桜も同じだったから。
耳たぶを熱く柔らかい舌ではむようにされ、声が我慢できない。思わず鼻から抜けるような声が出て、真柴は嬉しそうにきわどいところを舌で舐めとるようにしてくる。
首筋を懇切丁寧に時間をかけて舐められて、桜は身をよじるのをやめられない。背中が浮いてしまうような気がして、必死に両手足を布団に絡める。その姿が健気でいじらしく、真柴は桜の鎖骨をかぷりと甘く噛む。
「ぁっ、くすぐった……いっ」
「……素直に気持ちいいと言えばいい」
真柴の動きが止まった隙を見計らって、桜は閉じかけていた瞳をゆっくり開ける。
目の前に大人の余裕のなさそうな荒く短い吐息を繰り返す真柴を見て、このまま時が止まってしまえばいいのにと本気で思った。
「睦月さん……すき、だいすき……」
うるうると黒い瞳の中の海が波立ち、泡を生む。その泡が大きな滴となって目じりの端から流れ落ちてゆく。幻想的な桜の瞳に目を奪われていた真柴は、壊れものに触れるように桜のことを抱きしめた。
「そんなにかわいいことを言われたら、俺も我慢できない」
お互いの触れ合うところがじわじわと熱を帯びて震える。皮膚を通して奥深くにひそむ一つ一つの細胞までが相手の色に染まっていく感覚に二人は打ち震えた。
背中や首筋を駆け巡るぞわぞわとしたものが、身体全体へまた新しい熱を燻らす。ただ触れ合っているだけなのに、それだけで心も身体も満たされていく。こんな口にしがたい感覚は初めてで、慣れない心地良さにずっと揺られていたいという思いと、はやく繋がりたい思いで桜は胸が張り裂けそうになる。
お互い着ていた浴衣が綺麗にはだけた頃、真柴はゆっくりと桜の上から身体を起こした。
興奮冷めやらぬように微かに肩で息をする姿を見て、桜は惚けるように真柴を見上げる。
もう口に出さなくても、お互い言いたいことが理解できるような気がした。
桜は熱にうかされたような瞳で真柴の瞳を射抜くと、彼の手を掴み自分の頬に添える。
「やっと、やっと繋がれるんだね」
「……桜」
涙をぽろぽろ零しながら呟く桜を真柴はそっと抱きしめる。静かに人差し指の腹で目尻に伝う涙を拭った。
「ほんとうに、夢みたいだ。俺、こんなに幸せでいいのかな?」
見つめ合うたびに、胸が高鳴る。甘く、溶けていくように身体が熱を帯びる。
(好きだから、大好きだから。こうして触れ合う日を待ってた。抱き枕なんかじゃ、満たされなくて、足りなくて)
「今夜はまだ通過点にしか過ぎない。これから今以上に愛していくから、少しは安心してくれ」
くしゅ、とどこか幼い顔つきで笑う真柴を見て桜の緊張もすっかり解けた。
(この人は絶対に俺に嫌なことはしてこない人だから、大丈夫)
そう自分に言い聞かせると真柴の口付けに身を尽くした。
「……んっあ……あ……ん」
唇に熱い蓋をされたまま、真柴の長い指先で胸の飾りを抓られる。甘く、優しい愛撫に安心しきっていた。下半身はもうぐずぐずにとろけている。浴衣は既に腰紐も解けて肩に引っかかっているだけで、ほぼボクサーパンツ1枚の格好をしていた。
真柴の舌は熱く、桜の口内を暴くように動くから息継ぎをするのも必死だ。こんなに深くて優しいディープキスは初めてだった。
(睦月さんのディープキス、きもちよすぎて頭おかしくなりそう)
桜は真柴の手のひらをぎゅっと恋人繋ぎにして離さない。手を離してしまったら身体ごと浮き上がってしまいそうなくらい、強い快感だった。
ゆっくりと桜の唇を余すことなく味わう真柴だったが、満足したのかようやく唇を離してくれた。はぁはぁと息を上げる桜を見下ろして、自身が身にまとっていた浴衣をしゅるりと脱いで畳の上に落とした。黒のハイブランドのボクサーパンツ1枚の真柴はどこか挑発するような鋭い目で桜の欲情に濡れた瞳を射抜いてくる。
「あっ、待って……!」
「だめだ。もう、我慢できないと言っただろう」
真柴は桜の太ももの間に身体を割り込ませると、うつ伏せになり桜の太ももにキスをし始めた。軽く吸い付かれては離され、時折強く吸い付かれてキスマークを残される。
桜は自身の下半身が既に反応していることに気づき、小さく喘ぎ声を上げた。真柴が繋いでくれる両手をぎゅっと恋人繋ぎのまま強く握りしめる。すると、真柴は返事をするように、ぎゅぎゅっと強く掴んでくれるのだ。まるで「離さない」と言われているようでどこか安心する。
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