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第113話 茉白桜のモデルデビュー

「はい。こっち視線ちょうだーい! おっ。桜くん、いいねえ。そうそうその妖艶な感じで香水のラベル見せてね。ブランドのロゴマークがはっきり映ることが一番だからね」  とある日の午後、都内某所で撮影中の桜を俺は黙って見つめていた。  この度、桜がモデルデビューを果たすことになったのだ。  あの日、俺の初めての個展である『桜、咲く。』が好評で、特にモデルとして撮影した桜への問い合わせが殺到した。 『どこの事務所のモデルさんですか? 弊社でも契約を結びたいのですが……』 『アイドルとか興味ありますか? うちの事務所で新しくデビューするメンズグループのメンバー集めをしていまして。ぜひ、この方にオーディションに参加していただきたいのですが……』  俺の仕事用の携帯電話にはそんな問い合わせの電話やメールがひっきりなしに届いていた。  4月半ば。  桜が具沢山の豚汁と、あさりご飯を作ってくれた日の夜のことだ。この話を初めて桜に告げた。 「モデルデビュー、俺が?」  鳩が豆鉄砲を食らったようにきょとんとした顔。イメージができていないようだ。 「ああ。『桜、咲く。』の個展が好評でな。モデルの桜を起用したいという事務所からの問い合わせが止まらないんだが……どうだ? 抱き枕兼ハウスキーパー以外に、外でモデルの仕事もしてみるか?」  正直、この展開は予想していたし少し狙っていた部分もある。この美しく恵まれた体躯を持つ桜には、もっといろんな経験をさせてやりたかった。特に美容への意識が高く、その効果もしっかり現れているのでモデルデビューをすれば、更に桜の生活が潤うだろうと見込んで。 「うーん。どうかな。俺、睦月さんの前ではさ自然体でいれるけど、ガチのカメラマンさんの前で上手くポーズとか表情が作れるか……」 「そこは心配しなくていい。撮影には俺が同行するし、アドバイスもしてやれる。なにより、モデルは経験と場数でとんでもなく化ける。お前に初めて出逢った日から、その素質はあると思っていた」  桜は照れ笑いを浮かべながら、首の後ろを軽くかいた。 「そんなに言われちゃさ……わかった。人生経験になるだろうし、俺も外の世界で自分がどこまでやれるか確かめたい。睦月さん。俺、モデルになるよ」  その時の真っ直ぐで澄んだ瞳の色を、俺は一生忘れないだろう。確かな決意を秘めた瞳。桜が売り専をしていた頃の虚しい瞳とは全く異なる。  そんなこんなで、俺の知り合いの安心して任せられる芸能事務所に送り込み、モデルとして契約をし、今日モデルデビューをすることになった。  1時間ほど撮影が続き、桜の緊張も解けてきたようだ。今日は世界的なアパレルブランドが新発売することになっている香水のイメージ撮影だった。この日のために自宅でも表情やポーズの作り方の練習をしていた桜ならきっと大丈夫だろう。そう思って見守っていた。 「いいねえ。じゃあ目線少し外して、流し目で。おっけー。すごくビューティフルだよ。指先からつま先までお上品に……そうそういい感じ!」  撮影担当のカメラマンはこの道10年の大ベテランだ。俺の最も信用しているカメラマンである。桜のモデルデビューにはぴったりの人選をしてある。  けれど、この時は思いもしていなかった。桜をモデルデビューさせたことによる俺への個人的な弊害があまりにも大きいことを。  モデルデビューさせたことを後悔するくらいに、俺は桜に惚れ込んでいた。

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