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第4話

「――で、あれ以来、あのオメガを匿ってるんですか?」  オフィスに、ジェンの驚きの声が響く。アイリスは、リリーやシンにはもちろん、あの時あの場にいたジェンにもまだこの件を伝えていなかった。 「あぁ。発情期のオメガを一人で帰らせるのは心許ないからね。それに、彼にも訴えがあった。色々話してみたいと思ったんだ」 「危険はないのですか。アルファのアイリスさんにとって、オメガのフェロモンはきついでしょう」  同じアルファのリリーが尋ねる。 「薬がよく効いてるし、寝室は別だから。問題ないよ」  本当に問題ないのだろうか。トウイと話していると感じる、心が蕩けていくような感覚については、伏せたままでいた。 「オメガにも薬を分けているんでしょう。薬代も馬鹿にならないでしょうに」 「ま、それがうちのボスのやり方だな。らしいっちゃっらしいよ」  シンは眼鏡の奥で目を細めて、納得したように腕を組んだ。その一声で、リリーは呆れたように笑う。皆、アイリスをお節介な世話焼きだと言うが、彼らだってこの社会を変えたいと思っている一員だ。あれこれ言ったとしても理解はある。 「そこで――トウイと何度か議論を重ねたんだ。具体的には、抗議してきた内容。どうすればオメガの人権拡大に繋がるかについて」 「それが――政府への提言ですか?」  リリーが調べてくれた資料をホワイトボードに投影する。それは、国が出している提言や、福祉・教育に関する国家予算の支出についてまとめたものだった。 「やはりリリーはわかっていたか。そうなんだ、私は国への提言を発表したいと考えている。具体的には、オメガ雇用に関する企業への支援金の確保だ」 「現在の、抑制剤の普及活動だけは不十分だと?」  ジェンが眉を顰める。彼はどうやらあの時のトウイの態度も含めて承服できていないらしかった。 「そうだ。我々は製薬会社と提携して、アルファ・ベータ向けの抑制剤の開発と買い取り、それを実験的に企業に対し配布をしてきた。モニターの段階では良い結果が出ていたが――実際には、オメガが務める現場の工場長らは服薬を拒否し、ヒート中のオメガは欠勤扱いとしていた事例が発生していたらしい」 「そんな……」  アイリスの報告に、三人は一様に険しい顔をした。 「実際、視察も行った。あらためて本音で話したところ、従業員の抵抗感や、今後企業が薬を購入し社員に配布するといった予算の捻出を考えると現実的ではないらしい」 「そこで、国からの支援金が必要ってわけか」 「そういうことだ。薬の費用だけではなく、そこにプラスの優遇がつけば、オメガを雇用することは企業にとってメリットにもなりうる。なんせどこも人手不足だ、本来なら労働力を欲しているはずだからな」  これらもすべて、トウイに教えてもらったことだった。彼は自らのことを学がないと評したが、それは違うと思う。確かに進学は望めなかったかもしれない。しかしトウイは頭がいい。大局が見えているし、情報への感度も高い。自ら考える力もある。  議論を重ねながら、トウイがオメガでなければ、大成しただろうと考えた。そして、そう思わせる社会ではいけないのだ。トウイに、もっと活躍してもらいたい。その思いが、アイリスを突き動かしていた。 「どうだろう――みんな、協力してもらえるかな」  アイリスの問いに、一同は力強く頷いた。提言となれば、予算案の提出に、実事例、有識者による見解といった、裏付けや説得材料が必要になる。彼らは心得たもので、アイリスが指示する前から、役割分担を決め、ただちに動ける準備を進めてくれた。  リリーはデータ収集と分析、シンは大学教授などの識者選定と取材。これまでの街頭活動も継続することになるため、ジェンが現場のリーダーとして組織体の整備や計画の修正を行うことになった。  トウイと出会ったことで、この活動はもっと加速する。その充実感がアイリスを満たした。こうやって社会が変われば、この功績が社会から認められれば、そうしたら、俺は――。

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