10 / 11
第10話 ※R-18
「ん、ぅ――ン……!」
「トウイ、唇噛まないで。息を吐いて」
それができたら苦労はしない。抗議の意味を込めて睨みつけたら、アイリスはゆったりと笑って「大丈夫。気持ちいいことは怖いことじゃないから」とトウイの太腿を撫でた。
それだけで息を呑むほど、ぞわぞわとした感触がせり上がってくる。さっきから、直接的なことはされていない。緊張で強張ってしまう体を解すところから始めようと気長なことを言ったアイリスは、まずトウイの上半身の服を脱がせると、ゆったりと味わうようにいたるところに口づけて、大きな掌で撫でていった。
それは一重にトウイを気遣ってのことだが、いいから早く進めろと言えばよかったと今更後悔している。眠っていたはずのトウイの肌は、熱でほぐされ、とろけていく。気付けば触れられたところがじんじんと甘く疼き、勝手に体がもぞもぞと動いてしまうほどだった。これは、ヒートの時の感覚と似ている。そう自覚した途端、あの狂おしい衝動と熱を体が思い出していた。
「っ、は、ァ……待っ――」
「でも苦しそうだから。ほら、腰を浮かせて」
優しく、しかし強引なアイリスはとうとうトウイのズボンを引き下ろした。自分ばかり肌を晒していることを指摘されるとわかっているのだろう、アイリスも自らのシャツに手を掛けて服を脱いだ。
「……っ」
健康的な張りつめた肌。筋肉が薄く浮いた腹。すらりと長い首と均整のとれた体。同じ男として、今自分を抱こうとする男が美しいことがわかる。思わず物欲しげに喉が鳴り、トウイは赤面した。しかしトウイを見つめるアイリスの目も、欲情に濡れている。
「そんなに見んな……ッ」
「見るさ、綺麗だから。肌が白くて、君の目や髪の深い色と合ってる」
アイリスと比べて手足も短く、軟弱なように見える白い肌。こんなものの何がいいんだと思うが、注がれる視線は真剣そのものだった。
こんな体に、欲情している。アイリスは他でもなく俺を求めてる。その実感は、トウイの欲にも火を点けた。
「ここ触っていいか? 随分苦しそうだから」
「や、ッ、待て」
下着に掛けられた手に咄嗟に自分の手を重ねて止める。羞恥で爆発しそうだったトウイは、ソファのクッションで顔を覆う。互いの体に見惚れたときに、あることに気付いたのだ。
「――まだ、昼前だ……明るすぎる。せめてカーテンを閉めてくれ……」
消え入りそうな声で懇願すると、アイリスは息を吐くように笑った。
「それを気にしていたのか。いいだろ、お互いがよく見えた方が」
「……ッ! お前、最初から気付いてて――! 馬鹿! 変態!」
「はは、好きな相手の隅々まで見たいってだけで変態とはな」
でもいいよ、わかったよ。トウイの耳元に囁いて、ちゅ、と口づけたアイリスは、ソファから降りて部屋中のカーテンを閉めて回った。外と遮断され、隙間から微かに漏れる光だけが部屋の中をぼんやりと浮かび上がらせる。外界から隔絶された部屋は、白昼の中に隠れた秘密の場所のようだった。
「――なかなかいいな。閉めてもよく見えるし、この仄暗さは背徳的だ」
自分で注文しておきながら、余計恥ずかしいことになった気がする。しかし今更もう一度開けろとも言えない。そんなトウイの葛藤を理解しているのだろう。アイリスはどこか楽しげに笑っていた。天然なばかりだと思っていたが、こいつは案外底意地が悪い。
「……も、いいから、続けろ」
「了解」
甘ったるい声と共にキスを落とされる。馴染んできた柔らかい粘膜の感触に夢中になっているうちに、肌を這う手が下着の中に滑り込んできた。
「ん、ぅう……!」
「暗くなったんだからいいだろ。暴れないで」
自分以外に触られたことのないそこに、アイリスの骨張った長い指が絡む。その光景を想像するだけで、ますます性器は固くなった。先走りをぬるぬると亀頭に擦り付けられると、自分がもう濡れていたことを否応なく意識させられる。恥ずかしくてたまらず顔を背けようとすると、「俺を見ろ」と、空いた手で頬を掴まれた。
「ぁ、待っ、おれ、ン、ぁあ」
「駄目だ、今度は待たない」
「で、も、おれ、出、っる、から……!」
お前の手を汚してしまう。そう言いたかったのに、ぐちぐちと扱かれるたびに声は上擦り、思考は霧散する。熱い、くるしい、気持ちいい。それしか考えられなくなっていく。
「嬉しいよ、俺の手の中でイッてくれるなら」
「だ、けど、んぅ、っ、あ」
「嫌じゃないんだろう? 許してくれるよな、トウイ」
「は、ぁあっ、ッ――――!」
ねっとりと熱い声と同時に耳朶を噛まれ、トウイはびゅくびゅくと性器を震わせながら射精した。初めて人にもたらされた射精は、今まで経験した自慰とは比べ物にならないほどの快感だった。
「あ、ァ、ま、っ――」
「ごめん、俺も苦しくて。トウイ、力抜いて」
「んぅ、っは……ぅ……!」
余韻に浸る間もなく、濡れたアイリスの指が後孔をなぞったのでトウイは体を強張らせた。だけど、目の前のアイリスの苦し気に細められた目。困惑したように下がった眉。歯を食いしばっているのは、手放しそうになる理性を必死に繋ぎとめているからだろう。その余裕をなくした表情に、たまらないものがこみ上げる。
この男も俺と同じ。立派なアルファ様なんかじゃない。同じように欲情して、相手を思いやるから抑えて、気遣って、でも抑えきれなくなるような本能と愛情に振り回されている。いとしくてたまらない、おれとおなじいきもの。
「――っ、アイリス、触って。おれも、はやくお前とつながりたい」
力を抜いたトウイは、自ら足を開いて愛撫を受け入れようとした。その光景に、アイリスが喉を鳴らす。「痛かったら言って」と切羽詰まった声で囁かれ、トウイは黙って頷いた。
「は、んぅ……っ……」
余裕を無くしながらも、いきなり指を入れるようなことをアイリスはしなかった。外側の筋肉を解すように押される感覚に、イッたばかりで敏感になっていたトウイはたまらず息を漏らす。その反応に安心したのか、次第に指は穴の縁に触れるようになった。零れた先走りや精液を潤滑油代わりに、ぬめる指の先が入り口を解す。ちゅぷ、ぬぷ、と音がし出すころ、指は少しずつ中へと侵入を始めた。
「平気か?」
「ん――違和感が、あるくらいだ」
「わかった。続けるから」
自分の体が指を呑み込んでいくのは不思議な感覚だった。だけど、やわやわと中を揉まれるように動かされると、体の力が抜けていく。脳がぼうっと霞がかったようになり、開きっぱなしの口からは、はぁーはぁーと荒い呼吸が自然と漏れ出した。
「あっ! ッん、ぅ、そこ――!」
指がある一点を掠めたとき、広がるような痺れが走った。その反応を見逃さず、アイリスはその膨らみを重点的に責めた。腰が勝手に動き、無意識に指を締め付けてしまう。
「や、ぁ、っ、ああ、ん」
「気付いてる? もう二本入ってる。三本目も大丈夫そうだな」
「う、そ――あっ、ぁあ!」
後ろの質量が増して、指が増えたことがわかる。だけど痛むことはなく、トウイのそこは健気に広がった。ぬぷ、じゅぷ、と音がして腹の内側が混ぜられていく。痺れは既に腰から足先まで広がり、体中を熱くさせていた。
「ぁ、あつ、い、からだが、へんになるっ」
「言っただろ、気持ちいいことは怖いことじゃないって」
気持ちいい。これが、気持ちいいという感覚なのか。
途方もない羞恥と、アイリスの手によって体が作り変えられていくような多幸感。眩暈に似たような感覚を覚えて、思わずその胸元に縋る。するとアイリスは、「なんだか悪いことしている気になるな」と小さく笑った。
「ち、がう。おれ――」
「わかってる。君の中に入らせてくれ、トウイ」
そっと体を離したアイリスは、前を寛げて下の服も脱ぎ去った。下着の中で窮屈そうにしていた性器は上を向き、硬く勃起している。こいつ、本当に俺で勃つのか。その事実と、これからこれが体の中に入るのだという実感に、トウイは身震いした。
「息を吐いて。無理だったらすぐ言ってくれ」
縁に先端が添えられる。自分の鼓動が聞こえるほどにうるさい。それでもトウイは制止をせず、うっとりと蕩けた目で自分を見つめる男の顔を見返した。アイリス、いいよ。俺の中に、来てくれ。
「っ、ん、ァあ――……!」
質量のあるものに押されて、苦し気に穴が広がっていく。息が詰まりそうになるたびに、トウイは深く息を吐いて力を抜くように努めた。ずるずると体の中に何かが入ってくる感触。決して心地よくはない。だけど怖くはなかった。
「アイリス、っ、も、だい、じょうぶ、こい、ッ、んぅ」
「っ、う、ん――もう少し、我慢してくれ……!」
少しずつ時間を掛けて、トウイはアイリスの性器を受け入れた。全部入ったよ。その声に、いつの間にか固く瞑っていた目を開く。顔を赤く染めて薄い汗をかいたアイリスは、切なげな笑みを浮かべていた。
「――なんて顔してんだ」
「それはトウイの方だろ」
瞳の中に映る自分の顔も、くしゃくしゃに歪んで泣きそうに見える。あぁ、そうか。俺たちはいま、同じ顔をしているのか。そう思ったら、今度は笑えて仕方がない。こんなに必死に、不器用に、やっとの思いで繋がることができる。最初から簡単に拓く体じゃないことが、面倒なはずなのに何故だかうれしい。アルファとオメガ。違う性を持って生まれたはずの俺たちが、同じだと感じられるから。
「ッ、ん、ァ、あっ」
「――ッ」
ゆっくりと律動が始まる。最初に抱いていた違和感も、先程指で高められていた場所を擦られるたびにほどけていった。ぐちゅ、ぬぷ、と湿った音が部屋を満たす。荒い呼吸の合間に口づけあって、二人は互いを貪るように肌を重ねた。
「っ、わ、るい。俺はもう、イきそうだ。トウイ、前――」
「ぁ、ま、って、自分で」
「俺に触らせてくれ、それで、一緒にイこう」
後ろを刺激されて緩く勃ち上がっていた性器にアイリスの指が絡む。先走りを利用してくちゅくちゅと扱かれると、あっという間に熱を持った。
「ぁ、っ、あ、んァ、イ、く、ぅああ!」
「――ッ……!」
駆け上がった射精感と同時に、後ろが強く締まる。その刺激でアイリスの性器はびゅくびゅくと震えた。熱い迸りを受け止めたトウイは、絶頂と共に白濁を吐き出した。ほとんど同時に射精した二人は、折り重なるようにぐったりと力を抜く。狭いソファだから必然的に密着する形になり、アイリスの長い手足は半分ほど外に投げ出されていた。
「――重い」
「悪い。起きるよ」
「やだ。離れるな」
「なんだよそれ」
二人は笑い合う。その吐息が掛かる距離も愛おしい。もう一度顔を見合わせて、どちらからともなくキスをした。
「できるもんなんだな」
「トウイに才能があったんだよ」
「……それってどうなんだ。人を淫乱みたいに」
「そういう意味じゃ」
「わかってる――よかったって、俺も思ってるから」
その言葉に、アイリスの目が感激したように開かれる。なんだよその素直な反応は。トウイは思わず笑ってしまう。オメガを支配する側だと思っていたアルファの男に対して、こんな感情を――多分、可愛いと思ってしまうなんて。
「ただ、勘違いするなよ。俺はお前と番になるつもりはない」
「トウイ、それは」
「この体質は確かに面倒だ。危険が多いのも承知しているし、お前を不安にさせたいわけじゃない。だけど――」
「わかってるよ。番にならないオメガも安心して暮らせるようにすることが俺の目的でもある。俺たちは俺たちの関係を作ろう、トウイ」
これから歩もうとしているのは困難な道だ。今回のような事件は、今後いくらだってあるだろう。それでも――
「あぁ。逃げようとして、悪かった。これからは一緒にいよう、アイリス」
二人で選ぶ道に後悔はない。なぜなら俺たちは同じ、慈しみあって繋がれる生き物なのだから。
ともだちにシェアしよう!

