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第2話
村人は慌ただしく走り回っていた。
それもそのはず、この辺境の地に突然軍隊が現れたからである。
さらにその軍隊は国王直属の特命軍「獣王軍 」というではないか。
百にも及ぶ人間と獣人、そして馬たちが一斉に現れて襲撃されたのだと勘違いをするもの達もいた。
「静まれ!」
それを鎮めたのは、獣王軍副将──カイランである。
彼は狼族の獣人で、灰色の髪を揺らし、厳しい表情で馬の上から大声を上げた。
「ここに、異質な者が存在すると、報告を受けた。直ちに連れて参れ!」
それを聞いた途端、村人たちの頭に浮かぶのはたった一人。エルの存在。
「い、異質なもの」
「あやつか、あの忌み子かえ」
「しかし、どうして、知っている」
「誰かが、言いふらしたのか……!」
ひっそりと話す声。しかし、獣人であるカイランには十分に聞こえる声量である。
「忌み子、とはなんだ。なぜ忌み子なんだ」
「ひっ──」
馬を降りたカイランは、集まる村人の一人に声を掛けた。
身長およそ百九十を超えるであろう巨体に見下ろされた村人は腰を抜かして地面に倒れ込む。
「あ、あやつは、文様を持っていて──」
「文様?」
「き、聞いた話じゃ、あやつは“子を成す器”だと……」
「子を成す器……。女であれば、みな、そうだろう」
「いいや、いいや、やつは、男だ」
カイランは僅かに顔を顰めると、村人にもう一度「連れて参れ」と言った。
壊れた玩具のように首を縦に振り続けた村人は、そのまま逃げるように走り去った。
それを確認してから、カイランは自軍を振り返り、兵士たちをかき分けて後方部にいた将軍──アザールの前に立った。
「将軍。たしかにこの村に居るようだ」
「……そうか」
アザールもまた、狼の獣人だった。
銀灰色の髪に琥珀色の瞳。それは怒ってなくても鋭く見える。
長い尻尾はふさふさしており、耳はピンと立っていた。
アザールが静かに立ち上がる。二メートル近い大きな体に、厚い筋肉が無駄なく乗っている。
彼が一度睨むだけで、誰もが身をすくめ、逃げ出す。
アザールにはそんな絶対的強者の風格があった。
さて、こうしてアザールが軍を率いてグイラヴィ村に来たのには理由がある。
そもそも、獣王軍は特殊な任務を言い渡されることが多い。
というのも、武功の数が違うのだ。
ほとんどが獣人で固められたこの軍は、圧倒的な戦闘力を誇っており、必ず遂行しなければならない重要な役割を担っている。
そして、将軍を務めるアザールは、軍事と古代文献の知識を併せ持ち、“異質”を恐れずに扱える数少ない存在であった。
今回の任務は、反国家勢力などが生まれ反逆を起こそうとするものが居ないか調べることであった。
その中で、たまたまグイラヴィ村出身だという男と出会い、酒を飲みながら話を聞いた。
それは噂話に過ぎないと思ったが、内容があまりにも現実的で、まるで目の前で見ていたかのようだったのだ。
「忌み子と呼ばれる異質な者いるのさ。村の端で一人で暮らしている。昔は家族がいたらしいが、捨てられたんだ。今、生きているのかはわからねえよ。オラァ随分前に村を出たからね。……幼い頃に捨てられてるからな、言葉も知らねえんじゃねえの」
「異質とは、どういう意味だ」
「さぁ。ただ、子が成せる器だとは聞いたことがあるねえ」
アザールはカイランと男が話すのを黙って聞いていた。
だから、気になってここまで来たのだ。
異質な者の存在。気にならないわけが無かった。
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