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第5話

 ***  日が傾き、空の端が朱に染まりはじめた頃、一行は森の外れで足を止めた。  今夜の野営地である。  手慣れた様子で兵たちが荷を解き、焚き火の準備を始める。  干し肉を煮る湯気が、肌寒い空気の中にじんわりと立ち上っていく。  その中に、エルの居場所はなかった。  荷馬車の傍、干し草の上。丸くなって膝を抱えるエルのまわりには、誰も近寄ってこない。  兵たちが時折視線を向けては、すぐに逸らす。それは村で向けられたものと、よく似ていた。  怖くて、声も出せなかった。動くこともできず、ただ、縮こまっているしかなかった。  ──どうして、こんなことになったんだろう。  そんな問いすら、もはや浮かばなかった。  足音が近づいてきて、とっさに身を固くする。  誰かが来る。何かされる。そんな予感だけで、心臓が喉元まで跳ね上がる。  けれど、その人は何も言わず、ただひとつの小さな包みをエルの前に置いた。  顔を上げると、そこにはアザールがいて。  焚き火の灯りに照らされた横顔。目は合わなかった。  ただその手には、湯気の立つ木の器が握られている。 「食べろ」  低く、ぶっきらぼうな声。けれど、怒られている訳では無いとは分かった。  エルの視線は器とアザールを行ったり来たりする。  これを、どうしろというのか、言葉が分からないエルには、戸惑うしかなくて。  ぐいっと器が顔の前に差し出され、とっさにそれを手に取った。温かい湯気が鼻腔を刺激して、思わず小さく身を震わせる。 「食べろ。……これは、お前のだ。わかるか?」 「……」  器を指さしたアザールが、今度はエルを指さす。  なるほど、どうやら、食べてもいいということらしい。  エルはそれを口に運び、恐る恐る一口食べた。  味は淡泊だったけれど、喉にすっと落ちていく。  初めての味に、自然と心が踊った。  美味しい。いつも食べているものと違う。  ──いや、こんなちゃんとしたご飯なんて、食べたことがあっただろうか?  自然と瞳に輝きが増す。  先に差し出された小さな包みには、握り飯があって、それも有難く平らげた。 「……寒いなら、火のそばにこさせるか?」  すぐ横で、カイランの声がした。  それは呆れたような、警戒するような口調。  エルは反射的に顔を伏せる。 「……構うほうが、かえって落ち着かないだろう」  アザールの返事は短かった。  食事が終われば、あたりは静かになる。  寂しい夜だった。  焚き火のはぜる音が、時折小さく闇を裂く。  エルは空になった器を抱いたまま、膝を抱え、うずくまる。  食事は美味しかったが、やはり突然知らない人達に知らない場所に連れてこられたことは不安なのだ。  誰かに縋ることも、泣くことも、叫ぶこともできない。  怯えて、従って、黙って──ただ、目の前のものを受け入れるしかなかった。  それでも、せめてこの夜が、何事もなく過ぎてくれますように。  そう祈るように、エルは小さく震えながら、目を閉じた。

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