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第6話

 王都に辿り着いたのは、それから三日後。陽が真上に差し込む頃だった。  高い城壁に囲まれたその街は、村とは比べものにならないほど活気に満ちていた。行き交う獣人や人間の姿も、装いも、言葉も、何もかもがエルには異質で、ただ目を見張る。  だが、それも束の間だった。  城門をくぐったあと、獣王軍はすぐに二手に分かれた。  アザールとカイランは、王への報告のためにそのまま城へと向かい、エルは数人の従者に連れられて、別の場所──アザールの私邸へと運ばれたのである。  別れ際、何かを言われることも、目を合わせることもない。  それでも、アザールの背が遠ざかっていくのを、エルは振り返りながらずっと見ていた。  従者たちは無言で、けれど手荒に扱うことなくエルを案内した。  屋敷に入るとすぐ、服を脱がされ、湯を張った浴槽に浸けられた。  柔らかな布で肌を撫でられ、何度も丁寧に体を洗われる。  何が起きているのかも分からず、されるがままに従うしかない。  というよりも、怖くて、何も言えなかったというほうが正しい。  彼の命令なのだろうか。そうでなければ、自分にこんなことをするはずがない。  湯の温かさにすら、震えが止まらない。  何度も顔を拭われ、髪を梳かされるたびに、身体は小さく強張った。  けれど、誰もエルを傷つけはしなかった。  それが、かえって恐ろしい。  どうして、こんなに優しい手で触れてくるのだろう。  村では誰からも、痛み以外を与えられたことがないのに。  そんな問いは喉の奥で固まり、声にはならない。  やがて体を拭かれ、新しい服を着せられると、とある部屋の大きなベッドに横たえられる。  毛布の上で、エルはただぼんやりと天井を見つめていた。  疲れていた。  不安も恐怖も、考える力も、すべてを置いてきてしまったように、ただ空っぽだった。    一方、王城の謁見の間。  将軍アザールと副将カイランは、王の前に進み出ていた。 「遅かったな、将軍」  玉座から放たれた王の声は、威圧こそなかったが、その場の空気を一瞬で引き締めるものだ。 「……聞いているぞ。人間の子を連れて帰ったと」 「はい。事実です」  アザールの答えは簡潔だった。  周囲の大臣や侍従がざわめきだす。 「理由を聞こう。まさか、保護などという甘い情けではあるまいな?」  少し笑みを含んだ王の声。しかしアザールは、動じることなく言い放った。 「妻に迎えるつもりです」  短く、明瞭に。  その一言に、場の空気が凍りついた。   「……お前が、本気で言っているのか」 「はい。一目見て、心に決めました」  王は目を細め、しばし沈黙したのち、ふっと笑った。 「面白い。あれほど現実的な男だった貴様が、ずいぶんと変わったな」 「変わってなどいません。必要だと判断したまでです」 「必要? その人間が、お前に?」 「……はい」  アザールの返答に、隣で聞いていたカイランが肩を小さくすくめる。  それを無言で受け流しながら、王は椅子にもたれて笑う。 「よかろう。お前がそう決めたのなら、好きにしろ。ただし──責任はすべて背負え。後戻りは許さん」 「心得ております」 「行け。人間の妻とやらを、大事にしてやれよ」  謁見の間を出る頃、アザールの横を歩くカイランがぼそりとつぶやく。 「……世話をしていたから、まさかとは思っていたが……」  アザールは何も返さなかった。ただその瞳は、まっすぐ前だけを見据えていた。

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