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第7話

 王との謁見を終え、城を出たアザールは、迷うことなく馬を走らせた。  向かう先は、王城のすぐ西に位置する自らの屋敷である。  そこには、彼が妻に迎えると宣言した存在が待っているのだ。  騎乗のまま門をくぐり、玄関先で従者に手綱を預ける。  早足で屋敷の廊下を渡り、目的の部屋の前で足を止めた。 「……」  一呼吸。  手をかけた扉の向こうからは、気配も物音もほとんど感じられなかった。  静かすぎる。  ゆっくりと扉を開けると、そこには小さな影が、ベッドの上で身を丸めていた。  毛布を抱きしめるようにしながら、ただじっと天井を見つめている。  エルは気づいていた。  扉が開いた音で、誰かが入ってきたことも。  けれど、体が反応しない。怖くて、動けなかった。  また、何かされるのだろうか。  ゆっくりと、足音が近づいてくる。  それだけで、心臓が苦しくなるほどに跳ねて、だんだんと呼吸が浅くなっていく。  そして、ベッドの横に影が落ちた。  そのとき、そっと毛布の端が持ち上げられる。  何かをされるかと身を強張らせたエルだったが、しかし、何も起きなかった。  ただ、アザールが、エルの横に腰を下ろしていたのだ。  エルは飛び起きると、咄嗟にアザールから逃げるように少し距離を取った。  人間でも大きな人は怖いのに、獣人で巨体であり、さらには鋭い眼光をもつ彼を、怖くないと思う方が無理がある。  彼は何も言わなかった。  けれど、少しだけ表情が暗くなった気が、する。 「俺は、アザール」 「……」  アザールは自身を指さし、名前を告げた。  エルに教えようとしているのか、もう一度同じことを繰り返す。 「あ、あざー、る……?」 「!」  同じように、けれど下手くそに発音してみると、彼は耳をピンと立てて、尻尾を揺らした。  そして、大きな手が伸びてきて、エルは、思わずキュッと目を瞑る。    そして、ふわっと頭に乗った手は、優しくそこを何度も撫でた。  じんわりと、温もりを感じる。  エルはゆっくりと目を開き、そして──目の前で穏やかに目を細め口角を上げる彼を見上げる。  彼の瞳はまっすぐに自分を見ていた。  そんなふうに誰かに見つめられるのは初めてだ。  彼に出会ってから、わからないことだらけだった。  でも、手の温かさだけは安心できる。  もう少しだけ、こうしていて欲しい。  そう思った時にはもう、エルはそっと身を預けていた。

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