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第8話
初めての環境が続き、エルの身体には疲れが溜まっていたようで、アザールに撫でられるとそのまま眠りに落ちていた。
目を開けると彼の姿はもうどこにもなくて、窓の外に見える空も日が落ちて暗くなっている。
くぅ、と情けない音を立てて、お腹が鳴った。
朝ご飯に渡されたパンを食べてから、何も口にしていない。
エルは、ひっそりとベッドを下りると、傍らに置いてあった花瓶に手を伸ばした。
綺麗な花が咲いている。
これは、食べられるのだろうか。
バレてはいけないと静かに一輪の赤い花を花瓶から抜き、ベッドの陰になる場所へ移動する。
クンクン、匂いを嗅いで花弁に口をつけようとしたその時、部屋の扉が開く音が聞こえ、肩を大きく揺らした。
「──どこに行った」
あの、低い声だ。
エルはおそるおそるベッドの陰から顔を出し、アザールの姿を確認する。
バチッと目が合うと、彼は眉を寄せて少し怖い顔をした。
「!」
「なぜ、そこに居る」
「ぁ……ぅ……」
「……食事の時間だ。ついてきなさい」
「……?」
意味がわからなくて、首を傾げる。
そんなエルに彼の眉間の皺は深くなっていく。
「おいで」
かと思えば、彼は唐突に片膝をつく。
大きな体はエルと視線が近くなった。
くいくい、と手招きをするアザールに、エルは呼ばれていることに気が付き、ゆっくりと彼に近づいていく。
「これは、どうしたんだ?」
「!」
そして彼の前まで来ると、手に持っていた花を指さされ、エルは『しまった!』と焦った。
花を盗んだことを忘れて、持ったまま出てきてしまった。なんという間抜けなことをしたのだろう。
きっと、怒られてしまう。
そんな不安に、右手で持った茎の部分をきゅっと強く握る。
「……怒っていない。これは、お前のだ」
「……」
「これは、お前の」
花を指さした後に自分を指さしてくるアザール。
エルは意味を理解してほっとした。
「これを、どうする?」
「……?」
今度は、花を指さしてから花瓶を指さす。
あそこから取ったのか、と聞かれているのか、あそこに生けるのか、と聞かれているのか。
エルには分からなかったが、しかし花は返したくはなくて首を振る。
そろそろ空腹が辛くなってきたエルは、花を口に運ぼうとして──
「待て。食べる気か」
まさにその瞬間、目を見張ったアザールに止められた。
「?」
「食事は用意しているから、これを置いて」
「……」
「盗らないから、そんな顔をするな」
盗られると思ったエルは唇を噛んで『ダメなの?』と言いたげに表情を歪めた。
アザールはつい大きな溜息を吐き、そんなエルを抱き上げる。
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