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第11話
学習の時間はエルにとって、初めてのことをたくさん知れる楽しい時間であったのだが、一度に多くのことを吸収したからか、ある時まるで気絶するかのようにフッと眠りに落ちた。
さすがのアザールもそれには驚いて、倒れそうになった小さな体を抱きとめる。
「エル、エル、どうした」
「……」
「……寝た、のか?」
クゥクゥと小さな寝息を立てる子供。
腕の中にいる彼の体温がとてもあたたかく、アザールはフッと笑うと、ベッドに移動して、そこにそっと寝かせてやった。
体を横に倒して丸め、小さくなったエル。
服が捲れて、ちらりと白い腹が見えた。
風邪をひいてしまう、と服を整えてあげようとして、ふと思い出したのは文様のことだ。
気になれば、それを見たいと思ってしまった。
アザールは文様など、そういったことに興味がある。
なにせ、異質なものに対して調査を行うこともある獣王軍の将軍なのだ。
しかし、勝手に体を見るのは良くない。それも、十二分に理解をしている。
「……」
それも、眠っている少年の体を無断で見るなんて、それは……。
ぐぬぬ、と悩んだ結果、アザールは、一瞬だけ……と軽くエルの服を捲った。
「──! これ、は……」
エルの背中には、生きているかのような光を孕んだ文様が浮かんでいた。
つい、布の端を掴み、肩から腰まで露わになるまで静かに捲ってしまった。そして再び息を飲む。
肩甲骨の間から始まるそれは、肩や腰にかけて伸びていた。
恐ろしくはない。──むしろ、神聖だ
光に照らされたその背は、どこか神秘的で、ただの人間には思えなかった。
しかし、これは確かに異質である。
何も知らないものが見れば、これを恐れ忌み子だと口にする者もいるだろう。
しかし、その筋に詳しいアザールは知っていた。
幼い頃、文献で読んだことがある。
遠い昔、背中に同じような文様を抱えていた人間の男がいたことを。
そしてその人間は──子を成す“器”だったと、記されていたことを。
そっと服を戻し、ベッドの上の少年を見下ろす。
エルはまだ眠っていた。
穏やかな寝息、わずかに揺れる睫毛、ぬくもりの残る小さな体。何も知らずに眠る彼の姿は、あまりにも無垢だった。
アザールはひとつの確信を持ち、静かにその場を離れると、自室奥の書斎へと向かった。
棚の最上段、古ぼけた皮装丁の文献に手を伸ばす。軍の資料とは別に、個人的に収集してきた希少な古代の記録だ。
何冊かを抜き取り、ページを繰る指が止まる。
黄ばんだ紙の中央に、簡素な線で描かれた文様があった。まさしく、あの少年の背に浮かんでいたものと一致していた。
《命を紡ぐ器として選ばれし者》
《背に光を宿す文が現れしとき、その者は神より授かりし祝福を抱く》
古文独特の言い回しに目を走らせながら、アザールは無意識に喉を鳴らす。
「……やはり」
彼はただの忌み子などではない。
あの文様は、畏怖や拒絶ではなく、正しく意味を持ったものだ。
アザールは、息を深く吐いた。
こんな奇跡のような存在が、今、ここにいる。
それに気づくと、ぶわっとしっぽが膨れ上がった。
文献のページをそっと閉じると、アザールの目が細められる。
知識と信念を重んじる軍人としての理性が告げる。
──この子は、守るべきだ。
将軍としてではない。獣王軍の指揮官としてでもない。
一人の男として、そう思った。
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