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第12話
まあ、そもそも──。
アザールがエルを保護し、屋敷に連れてきたのにはたった一つの理由がある。
それは──ただ、エルが美しく、アザールが一目惚れしてしまったからだった。
なので移動している時も常に寒くはないだろうかと心配していたし、食事もしっかりとれているか、怖がってはいないだろうかと、気にかけていたのだ。
屋敷に来てからも、エルに言葉を教えているのは、ただ知識を与えるだけではなく、彼と会話がしたいと思ったからだし、彼の目に映る世界を広げてあげたいと考えたからでもあった。
言葉が増えれば、好きなものも、嫌いなものも、自分の気持ちも話せるようになる。
それを知れば、きっと、あの子の目はもっと輝くはずだ。
教えるたびに嬉しそうに笑うエルの表情に、心が跳ねる。
顔にはなるべく出さないようにしているが、無意識に尾が表してしまうのも、アザールにとっては困ったものだった。
もっとも、エルに気づかれたことは、まだ一度もないのだが。
さて、しかし、だ。
アザールには将軍として、エルの特異体質を王に伝える義務がある。
そうすれば、どうなるか。
きっと王はエルに興味を持つだろう。
それだけならばいいが、エルを欲しいと言われてしまったら──。
考えるだけで心が波立つ。
誰かの手がエルに触れることを想像しただけで、喉の奥が低く唸った。
それは獣の本能であり、縄張り意識に近いものだった。
喉奥に滲んだ低い唸りは、理性では止められなかった。
狼の血が騒いでいる──自分のものを奪わせるな、と。
エルのために騒ぎ立てているというのに、かえってそれが厄介なのだから、始末に負えない。
「……報告はせねば……」
先に『妻にする』と宣言している手前、無理矢理奪われることは無いだろう。
だが──
「──まだ、もう少し後でいい」
実際、エルに許可を得て文様を見た訳では無い。
報告をするには、まだ早い。
アザールはハッと鼻で笑った。
これは、将軍として正しい判断なのかと、そう考えた時に、決してそうではないだろうと自覚したからだ。
本を棚に戻し、書斎の椅子に腰掛ける。
手で顔を撫で、ため息を吐く。
あの子が、怯えなくて済むように、あの子の命が脅かされてしまわないように、ただ守りたいと思った。
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