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第17話

 さて、こうして会話ができるようになったエルとアザール。  しかし、アザールはまだ、エルの背中にある文様のことを、彼に問うことはできていなかった。  なぜか。  それはまだ一度もエルに許可をとって背中を見ていないからである。  どうして知っているのかと問われれば、黙って見てしまったことがバレてしまうのだ。 「アザール?」 「……」  ここは、共に湯浴みをしようと誘って、その時に問いかけるという自然な流れに持っていくのが得策か。  ──いいや、誘ったとて断られたらそこで終いだ。   「アザール、アザール!」 「……」  しかし、それ以外となると──もう正直に、全てを話すべきだろうか。  これまで湯浴みを手伝った使用人もいるわけだし、その者から聞いたといえば良いのでは。 「アザールってば!」 「! あ、ああ、何だ」    アザールは耳をピコっと立たせ、驚いた様子でエルを見た。  少し頬を膨らましていて、その表情は可愛らしい。   「リチャードと、レイヴンが不思議なことを言ってた」 「……不思議なこと?」  もしや、文様のことだろうか。  ドキッとして、エルを見つめると、彼は唇に人差し指を添えて「えっと……」と斜め上を見る。 「最近、夜に眠れない時があって」 「ああ」 「それをリチャード達に相談したら、エルは、アザールの奥さんだから、一緒に寝たらいいのにって」 「……」 「奥さんって、なあに?」 「!」  文様のことだと思ったが、また違うことで安心したのも束の間、まさか、まだアザールが一度もエルに伝えていないことを、他人に知らされていただなんて。 「奥さんと、言うのは……」 「?」 「……。俺が、何よりも、大切にしたい人の事であって……」 「!」 「そして、エルも……俺を大切に思ってくれていたら、いいなと、いうもので……」 「思ってる!」  キラキラと曇りのない瞳に見つめられ、アザールは目元を手で隠した。  きっとエルの考えている奥さんと、常識とでは差がある。  一生の伴侶となって、愛を深めて……そんなことを、彼は想像していないだろうから。 「……。ありがとう、エル。だが、きっとまだお前と私とでは『奥さん』に対する認識のズレがある。いつかは教えるから、それまではみんなに秘密にできるか?」 「……奥さんは、秘密?」 「ああ。二人の時だけだ」 「うーん……わかった」  どこか納得のいっていない様子のエルに、アザールは苦笑しつつも「ありがとう」と伝える。 「それより、眠れない時があるのか?」 「眠れない時、ある。どうしてかは、わからないよ」 「そうか……」 「……一緒に、寝てもいい?」  チラリと下から見上げるように見つめられると、アザールはうっとなって、一も二もなく「いいぞ」と言ってしまっていた。 「本当? 嬉しい!」 「だが、俺は朝が早いぞ。一緒に眠れば、早く起こしてしまうかもしれない」 「うん。そうしたら、朝からお話できるね」 「……」 「最近、朝起きたら、アザールはもうお仕事だって、言ってたから、ちょっと寂しかった」  言葉を覚えたら、素直な気持ちをしっかりと表現してくれるようになって、アザールは嬉しいばかりだが、しかし照れてしまうことも多いのだ。  寂しい……それは、ずっとそばにいてほしいということなのだと思う。  やはり、早いところ『奥さん』と『結婚』の意味を教えて、離さないようにするべきなのだろうか。 「アザール?」 「ああ。あまり構ってやれずに、すまないな」 「……? すまない? 謝る? アザール、何か悪いことした?」  キョトン……として小首を傾げるのが可愛い。  アザールの尻尾がユラユラと揺れる。そっと顔を近づけ、鼻先をエルの鼻先にチョンっとくっつけた。 「! お鼻、当たった!」 「うん」 「なあに?」 「なんでもないよ」  キスは、まだできない。  エルはアザールが好きだというが、その好きがアザールと同じものであるかどうかが分からないから。 「アザール、もう一回! お鼻、チョンってして!」 「はは、いいぞ」  同じことを繰り返せば、エルは嬉しそうだった。  アザールの耳が伏せられ、手を伸ばしてきたエルにそこに触れられる。  敏感なその部分に触れられるのは少し苦手なのだが、手を振り払うことなく、エルが満足するまで我慢した。

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