19 / 100
第19話
翌朝、エルはアザールが身じろいだ音で目を覚ました。
ぽわっとした寝惚け顔で、そばにいる彼を見つめる。
「ん、アザール……」
「ああ。おはよう」
「……おはよぉ」
「私は仕事があるから、起きて朝食をとりに行くが、エルはまだ寝ているか?」
「……おきるぅ……」
エルが目を擦りながら体を起こすと、アザールは苦笑した。寝癖のついた髪を撫で、そっと抱き上げる。
「顔を洗いに行こうか」
「んー……」
「エル、起きるなら、ちゃんと起きなさい」
「はぁい……」
エルはアザールに抱きかかえられたまま、洗面の間へと向かう。
従者が用意した湯の入った洗面台の前に降ろされると、エルは指先で顔をぺちぺちと洗い始めた。
「……あったかいねえ……」
「ああ。ほら、目が覚めたか?」
「うん、目が、覚めてきた」
「よかった」
アザールは苦笑しながら、軽くエルの髪をくしゃりと撫でた。
「支度ができたら、一緒に朝食をとろう」
「うん……!」
食堂では、既に従者たちが並んで朝の膳を整えていた。
アザールは椅子に腰かけたが、すぐにエルのために隣に椅子を移動させた。
「おはようございます、アザール様。椅子が、どうかなさいましたか」
「おはよう。いや、今日はエルと共に食事をとる予定だ」
そう言うと、従者の一人が一瞬ぎょっとした顔をして、すぐに目を逸らした。
それを見逃さなかったアザールは、なるほど、と心の中で冷ややかに目を細める。
もしかすると、彼がエルを侮辱した奴か。
だがそれを表に出すことはせず、エルが席につくと視線を戻し、にこやかに言った。
「さあ、たくさん食べよう。エルの好きな甘い木の実入りのパンがあるぞ」
「わぁ! ……いただきます!」
パンを手に嬉しそうに目を輝かせるエルを見て、アザールの胸はじんわりと熱を帯びる。
守りたいものがあるというのは、これほどまでに心を強くさせるのだ。
エルは口の周りを少し汚しながら、一生懸命もぐもぐと食べていた。
「美味しいな」
「うん……! アザールと食べるのが、いちばん、おいしいね」
その何気ない一言に、アザールはほんのわずか口角を緩めた。
「嬉しいことを言ってくれる。……しかし、すまないが、昼は一緒に食事ができない」
「お仕事?」
「ああ。またリチャードとレイヴンと遊んでいてくれるか」
「うん!」
エルは優しく微笑んで、残りのパンにあぐっと齧り付いた。
そんな様子を眺めながら、アザールは心の中で静かに悩んでいたことを、ついに口にする。
「今日は……俺が帰ったら、共に湯浴みでもするか」
「? 湯浴み?」
「ああ。たまには、一緒に。……どうだ?」
背中の文様のことを、そろそろ知る必要がある。
それが何であるのかを、きっと、エルには知っておいてもらった方がいい。
「一緒は、恥ずかしいね……?」
「そうだろうか」
しかし、エルは簡単には頷かなかった。
ただ単に、恥ずかしいのか、それとも……あまり見られたくないのか。
アザールには分からなかったが、しかしここで諦めるわけにもいかない。
「アザール、恥ずかしくない?」
「恥ずかしくない。ただ、共に湯浴みをするだけだ」
「……」
あまりいい返事をしないエルに、アザールは遠征に出向いた時のことを話した。
遠征先ではみんな、同じ湯船に浸かること。
その時ばかりは、上官や将軍なんて関係なく、言葉の通り裸の付き合いをするのだと。
そこまで説明すると、エルは漸く「いいよ」と言ってくれた。
表情はあまりよろしくないけれど、しかしホッとする。
「俺が帰るまで、待っていてくれ」
「うん」
そっと抱き締めれば、抱き締め返される。
愛おしいこの子に真実を伝え、この先も何不自由なく過ごせるようにしてやらねば。
アザールの目には強い力が宿っていた。
ともだちにシェアしよう!

