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第21話

 エルと話したレイヴンだったが、内心はとても納得などしていなかった。  扉の外で警備をしていたリチャードに事情を伝えると、彼も顔をしかめる。 「……なんだそれ。好き放題させてていいのかよ」 「エル様は、痛くないって言うんだ。……自分が傷ついたってこと、きっとわからないんだよ」 「……でもさ、エル様が気にしてなくても、そばで聞いてた俺たちは腹が立った。あれは、おかしい。アザール様に、やっぱりちゃんと伝えた方がいい」  レイヴンは黙って視線を落とす。  けれど、それはエルが望んでいないことだ。  “あの人が困ってしまうから”と、自分のことは後回しにしてしまうのが、あの子なのだ。 「……やはり、伝えるべきだろうか」 「そりゃあそうだろ」 「……じゃあ、アザール様がお戻りになられたら……」 「ああ。なんなら俺も一緒に行ってやるよ」 「どちらか一人だ。エル様を一人にしてはいけない」  屋敷の中だからといって、決して油断していいわけではない。  リチャードは「わかった」と頷き、レイヴンの背中をドンッと力強く叩いた。 「いっ……!」  よろけたレイヴンがリチャードを睨みつける。 「……痛いぞ」 「シケたツラすんな。エル様が怖がるだろ」 「……」 「あの人は、自分の心は後回しだが……周囲の空気には、妙に敏感だからな」 「そうだろうな」  大丈夫、元気だよ――そう笑ったエルの顔が、脳裏に浮かぶ。  レイヴンが心配しないように、気を使っていたのだろう。 「……あの方は人間だが、言葉すら知らなかった。同族に迫害されていたんだ。……俺たちが、守らなければ」 「……ああ」  最初こそ、彼が人間だということで警戒していたし、正直に言えば――アザールの命令だから仕方なく警護をしていた。  それが今では、言葉を教えれば嬉しそうに目を輝かせ、名前を呼べば無邪気に笑う子供に、すっかり心を奪われていた。  あの、はにかむような笑顔を曇らせたくない。  そして──主の番となる方を、悲しませてはいけない。  二人は無言でうなずき合うと、再びその場に立ち、視線を鋭く巡らせた。  今日の昼間は、必ずやエルを傷つけるものを遠ざけようと、心に誓って。  ***  昼食の時間になると、リチャードとレイヴンに連れられて、食卓についた。  テーブルに並ぶのは美味しそうな香りのする温かいスープと、パンに、ステーキだ。  椅子に腰かけ、ウキウキしながら眺めていると、どこかから聞こえてきた短く舌を打つ音。 「……エル様、お気になさらず」 「うん。大丈夫。気にしないよ」  エルがそう言ったあと、部屋の一角だけ、わずかに空気が沈んだように感じた。  レイヴンとリチャードは、無言で音の出処を睨む。  舌を打った本人──兎の獣人であるラビスリは、二人の視線から逃げるように、そそくさと部屋を後にしようとして、ふとエルの顔を見やった。 「っ……」  エルは何も聞かなかったようにスープをすくい──笑っていた。  それがどこか悔しくて、ラビスリは唇を噛み、鼻根に皺を寄せていたのだった。

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