22 / 100
第22話
一方、アザールは、獣王軍の作戦室にいた。
王から、新たな命令が下されたのだ。
反感を持つ人間たちを制圧せよ、とのこと。
分厚い地図を広げ、とある地域に兵棋を置く。そこでは人間達が軍を作ろうとしていると、前回の遠征より分かっていた。
調べることが任務であったため、その時争うことはしていないが、王は行動を起こすことに決めたようだ。
「しかし、制圧するにしても、傷つけてはまた戦が始まるのでは」
兵士の一人がそう言う。
確かにその可能性はあって、アザールはふむ、と頷いた。
それをよく思わなかったのは副将軍カイランだ。
「だから、どうした。そもそも、人間は我らに負けたのだ。命を取らずして、今も以前の生活と変わらずに暮らすことを許している。それなのに反感を持つなど、もはや呆れて話し合いすらする気にならん」
アザールはカイランの発言に眉をひそめた。
「カイラン」
「……何だ?」
「おまえは正論を言っている。だが、その正しさが火種になることもある」
静かにそう言うと、部屋の空気が少し張りつめる。カイランもまた、それ以上は口を挟まず、黙って腕を組んだ。
アザールは地図の上に視線を落とす。反乱の兆しがある村は、王都から少し離れた場所にある小さな村だった。
その小ささ故に、先の戦では多くの者が命を落としたのかもしれない。
元は国同士が始めた戦に、国民が巻き込まれ死んでいくのだ。
人間が獣人を嫌うことは、わからなくない。
逆もまた然りで、獣人にも人間を好まない者が多いのも事実。
「新たな戦を起こすつもりはない。どうにか、お互いに傷つかない方法で解決をしたい」
「獣王軍の将軍ともあろうお方が、聞いて呆れる」
「……なんだと?」
ハッと嘲笑うカイランを、アザールは静かな視線で射止めた。
室内は冷ややかな空気に包まれ、兵士達はこれはまずいぞと、静かに自身の手元に視線を落としている。
誰もが『巻き込まないでくれ』と思っていることだろう。
「最近、腑抜けてるんじゃないのか。人間の嫁を貰ったからか?」
「……」
「王命では、制圧しろ、との事だ。それをどうして、お互い無傷で解決しようってんだ」
アザールの目が細められ、しかしいつもの冷静さを保ったまま、声だけが低く、鋭くなる。
「──カイラン。貴様は、俺が腑抜けになったと思っているのか」
それは問いではなく、静かな警告だった。
だがカイランもまた、長年の付き合いがある。引かずに真正面から受けて立つ。
「思っているさ。……将軍、あんたは変わった。俺たちは戦をしてきた。数多の命を奪い、奪われ、その上に立っている。なのに今さら、情けは無用だ」
アザールはゆっくりと立ち上がる。
周囲の兵士たちが一斉に息を呑んだ。
「俺は、命令を捻じ曲げるつもりはない。だが──命令通りに動いて、無用な血を流すことが忠義だとは思わない」
「言い訳だ。情が移ったんだろう」
その言葉に、アザールの中で何かが静かに切れた。
「情だと? ──そうだ。俺は今、護るべき者を得た。だからこそ、目を逸らさずに考える。どうすれば、また同じ戦を繰り返さずに済むかをな」
低く響く声が、作戦室の空気を震わせた。
「俺が護りたいのは、番になった者だけじゃない。これからこの地に生きていく、すべての命だ。獣人も、人間も、関係ない」
カイランが一瞬、口を閉じる。
けれどその視線は、なおも鋭い。
「……じゃあ、問おう。万が一、その護りたい人間のために、獣人の誰かが傷ついたらどうする?」
その問いに、アザールは即答しなかった。
静かに目を伏せ、そして再び前を見据える。
「──それでも、誰かを犠牲にするよりはいい。俺は、戦わずして守る方法を探す」
その言葉に、室内がしんと静まり返る。
やがて、カイランは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……なら勝手にしろよ。どうせ俺が付いていくんだろう。いつも通りな」
「当然だ。副将軍には、俺の尻拭いをしてもらう」
そう返すと、ようやく空気が少し和らいだ。
数人の兵士が小さく笑みを浮かべ、緊張を解いたのがわかる。
アザールはもう一度、地図の上に手を置いた。
「この村には俺が向かう。選抜した精鋭部隊を連れてな。……争うつもりは無い。だが、戦の準備はしておけ。話が通じない相手であれば、守るべきもののために剣を取る覚悟も必要だ」
カイランは無言で頷いた。
将軍は戦を避けようとする。だが、剣を抜く覚悟は忘れていない。
その姿を見て、部下たちは改めて背筋を伸ばしたのだった。
ともだちにシェアしよう!

