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第23話

 仕事を終え、屋敷に戻ったアザールは、まだ考えることがあると言って、エルに会うことなく、執務室にこもっていた。  まずは制圧に向かうこと。それをエルに伝えたうえで、自分が不在の間、彼をどう守るか――それが問題だった。  屋敷内にも人間に対して不信感を持つ者がいる。自分が居なくて、誰がエルを守ってあげられるのか。  リチャードやレイヴンが傍に居たとしても、この屋敷の中で絶対的な力を持ち合わせてはいない。  今は早くそれを解決しなければならない。  そうしない限りは屋敷を発てない。    そうして暫く頭を悩ませていると、執務室の扉がノックされた。  返事をすれば、それはエルの警護をしているはずのレイヴンで、部屋に通すと彼は少し固い表情をしていた。 「アザール様に、ご報告があります」 「なんだ」  言おうか、言わまいか、どこか躊躇っている様子のレイヴンを、アザールは静かに見つめる。   「……エル様のことです」 「エルの? ……何かあったのか」 「エル様への嫌がらせが、いくつか行われています」 「……この、屋敷でか」 「はい」  レイヴンは唇を引き結び、低く続けた。 「今はまだ、軽い嫌がらせです。陰口などが、聞こえます。もちろん、エル様もそれに気がついています」 「……」 「しかし、気にしていない、と。……私にはあれが、本心なのか、強がっているのか、分かりません」 「……気にしていない、か」  アザールは低く呟いた。  その声音には、怒りとも憂いともつかない、複雑な感情がにじんでいる。 「エルは、ずっと、迫害を受けて生きてきた。だから……この位のことは、どうってことないと、思っているんだろう」  レイヴンが静かに目を伏せる。 「……私やリチャードには、どう言葉をかけていいのか分かりませんでした。ただ、黙って傍にいることしかできなかった」 「それでいい。お前達がいてくれるから、エルも少しは安心している」  アザールは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。 「しかし、一先ずは俺がエルと話をしよう」 「はい」  今日は共に湯浴みをする約束もしている。  ゆっくり話をする時間は十分にあった。 「エルは何をしている」 「はい。お部屋で勉強を」 「そうか。食事の時間に迎えに行こう。それまで任せてもいいか。俺はもう少し、しなければならないことがある」 「はい。承知いたしました」  レイヴンは一礼すると、静かに執務室を出ていった。  一人になったアザールは、再び深く息を吐くと、頭を抱えるようにして俯いた。  解決しなければならないことが多すぎる。  エルの文様のことと、嫌がらせ。そして村の制圧。  一つ一つ、迅速にしかし確実に解決しなければ。  エルの事はあとで本人に聞くとして、遠征の準備をする。  なるべく早く終わらせるつもりだが、実際はどのくらいの期間、屋敷を空けることになるかは分からない。 「……話し合いで、解決できればいいんだがな……」  トン、と机を小突く。  無駄な争いはしたくない。  しかし、まあ。  こんな様子では、カイランに腑抜けていると言われていても仕方がないなと、思った。

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