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第25話

 アザールの目がまっすぐに自分を見ている。  それはあたたかくて、逃げ場がなくて、しかし、不思議と怖くはない。  ……それでも、胸の奥がギュッと痛んで、口を開くのに勇気が要った。 「あのね……僕の背中……ちょっと、変なものがあるの……」  打ち明ければ、彼の耳がピクッと反応して、揺れていた尻尾は動くのをやめてしまう。 「変なもの?」 「……うん。皆、文様って言ってた。だから、僕は……忌み子だって……」 「……」  エルはそう口にすれば胸のあたりがひんやりとしたのを感じて、そこに触れてみる。  けれど何にもなくて、アラ? と思っていると、今度は頬を何かが伝った。  ハッと息を飲んだアザールに、優しく頬を撫でられる。 「……?」 「エル。大丈夫だ。文様があっても、無くても、俺にとっては差程重要なことでは無い。それに、文様があるから、なんだ。忌み子だなんて、とんでもない。お前はこんなにもいい子じゃないか」 「ぁ……」 「今まで、辛かったな。ずっと一人で耐えてきたお前を、何よりも誇らしく思う。……ただ、もう我慢しなくていい」  頬に伝うものは増えていって、エルはこれが涙なのだと理解した。  その瞬間、くしゃりと顔を歪め、アザールの手に縋るように体を寄せ──気づけば、その胸の中にすっぽりと抱きしめられていた。 「耐えることは、凄いことだ。だがな、時に自分を押し殺すことになる。エルには、そんなこと、もうしてほしくない」 「んっ」 「好きなだけ、泣けばいい。ずっとそばにいよう」  堪えることなく、溢れる分だけ、全部。  それを受け止めてくれようとする存在がいる。  エルはまるで赤子のように泣いた。  狼は、そんな愛し子を離すまいと、強く優しく抱きしめ続けた。  ***  エルの涙がおさまると、アザールはククッと低く喉で笑った。  泣きすぎてエルの目がポテポテに腫れている。  アザールの服はエルの涙と鼻水で濡れていた。 「さあ、湯浴みをして、サッパリしてから眠ろうか」 「……んと、今日も、一緒に寝ても、いい……?」 「もちろん。その前に、綺麗にしにいこう」  アザールは立ち上がると、エルの手を優しく取り、そっと引き寄せる。 「今日はよく頑張ったな、エル。……お湯に浸かって、温まろう」 「うん」 「……俺が運ぼうか?」 「……ううん。手を、繋いで、お風呂に行くの」  そう言って立ち上がったエルと、手を繋いだまま食堂を出る。  傍には侍従である梟の獣人──シュエットがいて、そそっとアザールの傍に立った。 「アザール様、遠征に行かれるとお聞きしました。後程、詳しくおきかせ願えましょうか」 「……わかった」  コソッと会話をして、すぐにシュエットは彼の二歩後ろについて歩く。  エルはそんなシュエットのシュッとした綺麗な立ち居振る舞いに目を輝かせた。  細身ではあるが、動きはしなやかで、衣擦れの音さえ最小限に抑えている。 「あ、あの、アザール、あの……!」 「何だ、どうした」 「ぁ……あの、人、えっと……」 「シュエットか?」 「うん!」  名前を呼ばれたシュエットは首を傾げると、爛々とした目で見上げてくるエルにフッと微笑んだ。愛らしい子である。この子供が以前は同族から迫害されていたというのだから、世も末だ。 「と、とっても、きれい! ステキね」 「まあ」  シュエットは口元を手で覆い、ふふふと笑うと、エルと同じ目線の高さになるよう、片膝を着いた。 「エル様もお綺麗ですよ。とっても、素敵です」 「ううん、しゅ……シュエットが、きれいね」 「ふふふ、ありがとうございます」  シュエットはエルがこの屋敷にやってきたその瞬間も、その目で見ていた。  薄汚れた幼い子供。怯えているらしく、あまりにも可哀想な子に見えたのを覚えている。  言葉を知らないから主が教えていた。自分が率先して指導をしなかったのは、慣れない環境で初対面の人物から物事を教わるのは、余計に怖がらせてしまうからだと思ったからだ。  梟の獣人の割に背の高いシュエットは、威圧感を与えてしまうかもしれないと思い、話しかけることもなかった。  まあ、よく良く考えれば、この屋敷の中で最も大きな体をしているアザールに向かいエルは笑顔でいるのだから、そんな心配はしなくても良かったのだが。 「シュエットは、なあに?」 「……なあにとは、何でしょうか」 「何の獣人か聞いてるんだ」  困惑したシュエットに、アザールの助け舟が出た。なるほど、と頷いてから「梟ですよ」と返事をする。 「フクロウ?」 「はい」 「……わかんない」 「ふふっ。今度図鑑をお持ちしましょうね」  キョトンとしたままのエルは、突然アザールに抱き上げられ、オロオロしながら彼の肩に掴まった。 「ほら、行くぞ」 「わ、ぁ、しゅ、シュレット、またね」 「ええ、また」  この屋敷にいる限りはいつでも会えるのだが、エルはそう言って手を振った。

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