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第27話

 ホクホクに温まった二人は、髪と体を洗うともう一度湯船に浸かる。  眠気が襲ってきたエルは、うつらうつらしながらアザールの肩にもたれかかった。 「眠たいか」 「ん……」    小さなエルの返事を聞いて、湯殿の片隅に置かれた桶から、アザールが布を取り出す。 「そろそろ出ようか。のぼせてしまう前にな」 「……うん」  そう言われて、エルは湯船の中で小さく頷いた。  もう十分にあたたまっていた。頬はぽうっと火照り、湯に浮かぶ自分の指先が少し赤くなっている。  そっと立ち上がると、すぐにアザールが濡れた体を拭ってくれた。 「じっとしていろ。湯冷めするといけない」 「ん……」  獣人の手は、思いのほか丁寧でやさしい。  背中も、脚も、慎重に撫でるように拭かれて、くすぐったさに思わず肩をすくめてしまう。 「……こそばい」 「我慢しろ。風邪をひいたら面倒だからな」  その手が髪にまで伸びる頃には、エルはすっかりふにゃりと力を抜いていた。  されるがままにされる心地よさ。人の手で、自分が「だいじにされている」と感じるのは、今までなかった感覚だった。  拭き終えたアザールが、ふわりと寝間着を羽織らせてくれる。 「寒くないか?」 「……あったかい」  その返事に、アザールの耳が微かに動いた。  ひょいと自分の肩にかかっていた上着を脱ぎ、エルの肩にもう一枚ふわりとかけてくる。 「ん……?」 「もっと、あったかくしとけ」 「……ふふ」  エルがくすりと笑うと、アザールも思わず目を細めた。 「ほら、部屋へ戻ろう。足元、気をつけろ」 「……うん」  アザールに手を引かれながら、ふたりは湯殿を後にした。  湯気に包まれていた場所を離れると、廊下の冷たい空気が肌に触れる。エルは思わず肩をすくめるが、すぐにアザールの大きな手が背を撫でてくれた。 「もうすぐ温かい部屋だ。蜂蜜入りのミルクを用意させよう」 「はちみつ……?」 「ああ。甘くて美味しいぞ」  エルがこくりと頷くと、アザールは笑みを深くした。  寝室に行けば、炉の火がやわらかく部屋をあたためていた。  テーブルの上には、湯気の立つ湯飲みがふたつ。たっぷり入ったミルクから、ほんのり甘い香りが立ちのぼる。 「ほら、飲もう」 「ありがとう……」  両手で湯飲みを受け取ったエルは、熱を確かめるようにふーふーと息を吹きかけ、ひとくち。  とろりとした甘さが、じんわりと喉の奥まで広がっていく。 「……あまい。あったかい」 「疲れた身体にはちょうどいい」  アザールも自分の湯飲みを手に取り、静かに口をつけた。  火のゆらめきと湯気の中で、ふたりはしばし無言のまま過ごす。その静けさが、どこまでも穏やかだった。  やがて、飲み終えたエルがそろりとアザールに近づき、ぽすんとその肩に頭をのせる。 「ねむい……」 「ああ。──寝る前にひとつ、聞いてもいいか?」  アザールは空いた片腕をそっとまわし、エルの身体をやさしく抱き寄せる。 「酷いことを、言われているのだったな」 「ん、ひどいこと……?」 「ああ。……人間のくせに、だったか」 「あ……でも、大丈夫だよ」 「それは聞いていない」  優しく囁くように話をすれば、目を擦ったエルがぼんやりとしながら呟くように言葉を落としていく。 「だって……痛く、ないよ。意地悪、言うだけ……石、投げられない……」 「……それでも、このあたりが痛くなったり、息苦しくなったり、しないか」  アザールはエルの胸元に触れると、その手に重ねるように小さな手が触れる。 「なる、けど……大丈夫だよ。元気だから」  だが、それを聞いたアザールの眉が微かに寄る。 「……元気じゃない。俺は、エルにはそんな思いをしてほしくない」 「……わかんないよぉ」 「わからなくてもいい。ただ、エルはもっと愛されるべきなんだ」 「……?」  ぽやっとアザールを見上げる少年は、どこか儚げで、悲しそうにすら見える。  顔を近づけたアザールは、そっと鼻先同士をくっつけた。 「俺に、守られてくれないか」 「……まも……?」  アザールの目が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。 「エルが傷つかないように、──俺の番となって、守らせてくれ」  真剣な声色に、エルは少し戸惑いながら、ほんのり笑みを浮かべた。

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