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第30話

 一度部屋に戻った二人だったが、エルは仁王立ちをしたアザールの前で、ちょこんと椅子に座らされていた。  どことなく、アザールからは怒ったような空気が醸し出されている。 「エル、勝手に黙って部屋を出てはいけない」 「あぅ……ごめんね……」 「俺と共に眠った日の朝は、必ず、俺に声をかけてから部屋を出ること」 「……はい」 「約束できるか?」 「うん。約束、するよ」  チラリと肩を竦めながらも、視線をアザールに向けたエルは、ヨシヨシと頭を撫でられたことでホッと息を吐いた。 「……それから、昨日は伝えていなかったことがある」 「……?」  コテンと首を傾げたエルに、アザールは少し躊躇いながら口を開けた。 「背中の、文様のことだ」 「!」  僅かに目を見開くエルに、しかし構うことなく言葉を続ける。 「エルのその文様は、確かに神からの祝福だ。俺はその筋に詳しい。……それは『子を成す器』の証だ」 「子を、成す?」 「……ああ。エルは男だが、妊娠できる体だ」 「にんしん……?」 「……子供を、産むことが出来る」 「えぇ……?」  エルは引きつるような笑みを浮かべながら、震える手をお腹に当てた。 「……無理だよ、そんなの。僕……男だよ……?」  声がかすれて、どこか怯えたように聞こえる。 「信じられないのも、無理はないが……しかし、そうなのだ。文献がある」 「……難しい言葉、ばっかりだねぇ」 「そうだな」  アザールは少し困ってしまって、しかしちゃんと伝えなければ! と心折れることなく続ける。 「そして、俺は獣王軍の将軍だ」 「うん? ……うん。将軍ね」 「ああ。だから、王様にはお前のその、文様のことを伝えなければならない」 「……どうして」  エルの表情が一気に曇った。  エルは王様を知らないし、将軍だから王様に文様のことを伝えなければならないという、その理屈が分からない。  また、村でそうされたように迫害されてしまうかもしれない。  何もしていないのに、石を投げられるのは嫌だ。  それに──アザールに出会って、人の温かさを知ったばかり。  これを手放したくはない。 「獣王軍は異質なものに関して調査をし、その結果を報告しなければならないという決まりなんだ。将軍として、隠しておく訳にはいかない」 「いしつ……?」 「……すまない。適当な言葉が見つからなくて……」  エルはつい、顔を顰めた。  異質というのは、あまり嬉しくない。  それに── 「……また、知らない誰かに、嫌われるの……?」  ぽつりとこぼしたその言葉に、アザールは眉をひそめる。 「……お前が泣くようなことは、俺が絶対にさせない。……王に伝えるのは、義務だ。だが──その先に何があろうと、俺はお前の傍にいる。手放したりはしない」  難しい言葉は、ほとんど頭を通り抜けていった。 けれど──アザールの目は、まっすぐに自分を見つめて。 それだけで、エルはなんとなく「うん」と頷いていた。  そっと抱きしめられ、鼻先同士が触れ合う。  擽ったくて思わず笑ってしまう。  瞬間、アザールの腕にすっぽりと抱き上げられた。  こうして包まれていると、さっきの不安なんて、どこか遠くに消えてしまいそうだ。 「……他にも、伝えないといけないことがあるんだが……まずは、食事をしようか」 「うん」 「その後、また少し話そう。それから俺は仕事に向かう」 「今日もお仕事なの?」 「ああ。すまないな」 「……ううん。頑張ってね」  そう返事をしたけれど、本当は少し寂しい。  アザールの太い首に腕を回して、落ちないようにしっかりとくっついた。  少し空気がひんやりとしている。それでも、彼のおかげで寒さは感じなかった。

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