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第31話

 食後、温かい紅茶を口にし、アザールはそっと口を開いた。 「エル……さっきしていた話の続きなんだが……」 「続き……? 伝えないといけないことって、言ってたやつ……?」  スプーンを置いたエルは、きょとんとした目でアザールを見つめた。だが、その表情が少し曇る。アザールの声の調子が、いつもより少しだけ硬かったからだ。 「数日後、俺はしばらく、屋敷を離れることになる」  エルのまばたきが止まった。 「王命が下った。人間たちの村へ行く。……少し危ない仕事だ」  意味はすべて伝わったわけではない。けれど、アザールが遠くへ行くのだということは、エルにも理解できた。その証拠に、細い肩が小さく揺れ、唇が震える。 「……一緒に、いれない……?」  ぽつりと、震える声が落ちる。  アザールはハッと息を呑んだ。大きなエルのその目に涙が滲んだからだ。 「ずっと、一緒が、いい。アザールのこと、だいすき。だから……」  涙がぽろりと零れた。エルが、自分の感情を言葉にして伝えたのは、初めてに近かった。その健気さと純粋さに、アザールの胸がきゅう、と痛む。 「……エル」  アザールはそっと手を伸ばし、エルの頬に触れる。涙を親指で拭ってやると、エルはそのまま小さく身を震わせて、ぎゅっとアザールに抱きついた。 「だめ……? 行っちゃうの……? しばらくは、何日……?」 「エル」 「一緒に、くっついてたい。アザールが居なくなるの、やだよ」  アザールはしばし言葉を失った。そして、ゆっくりとエルの頭を撫でながら、ぽつりとこぼした。  エルに初めて出会った時に一目惚れしてから、そうなれたらなと思っていたこと。昨日も話をした、あのこと。 「俺もそうだ。一緒にいたい。──だから、昨日も話した通り、番に……ならないか」  耳元で囁かれた言葉に、エルが瞬きをした。小さく首を傾げる。 「番……」 「そうだ。番になれば、俺はどこかに行っても、必ずお前の元に帰ってくるし、誰にもエルを渡さないと誓おう」  そう言ってから、アザールは少し照れたように口元を押さえた。だが尻尾は正直で、ふわりと左右に揺れている。  エルは、すぐには答えなかった。  昨日話したことをゆっくりゆっくり思い出して、そうしてにこりと笑う。 「うん……アザールと、ずっと一緒がいい。番に……なる」  その言葉に、アザールは本当に驚いたように目を見開き、すぐにふっと笑った。 「本当に、意味をわかっているか……? 俺と、一生を共にすると言うことだぞ」 「番になったら、アザールと、ずっと一緒でしょ?」 「……そうだ。一緒に、暮らす。朝も、夜も、ずっと」  エルは小さく頷いて、また抱きつく。その柔らかい体に、アザールは静かに腕を回した。 「うん、嬉しい……!」 「!」 「大好き」  アザールの尻尾が揺れる。ほんのりと熱くなる頬。きっと赤くなっているだろう顔を隠すように、エルの肩に顔を埋める。 「けれど……それでもやはり、今は離れなければならない。だから、帰ってくるまでいい子で待っていてくれ。エルはこの屋敷で、楽に過ごしていてほしい」 「……うん。でも、寂しいね」  そう呟いたエルの声に、アザールは苦笑して、少しだけ額を寄せた。 「俺も、寂しい」  そして──離れたくないという想いを、お互いの体温で確かめるように、二人はしばらくそっと寄り添っていた。

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