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第33話

 王城までの道のり、白く雪の積もる道を馬で進みながら、アザールは隣を行くカイランに問いかけた。 「……制圧の件ではないのか。準備は整っている。指示があればすぐにでも動けるが、改めて呼びつけられる理由が他にあるのか?」  アザールの問いに、カイランは軽く鼻を鳴らした。 「さあな。俺にも詳しくは聞かされていない。ただ朝っぱらから遣いが来て、将軍と一緒に顔を出せってよ」 「……何かあったのか?」 「妙に堅苦しい雰囲気でもなかったがな。王の気まぐれか、あるいは……」  カイランはそこで言葉を切ったが、アザールは続きを聞かずに視線を前へ戻した。 「──エルのことが、気になるのだろうか」 「まあ、恋愛に関してなんの音沙汰もなかった将軍が、突然妻にしたいと思うようなニンゲンだ。そりゃあ誰もが気になるさ」 「……そうか」 「それよりも、聞いたぞ。あの子どもと番になると……」 「? ああ。そうだが」  それが、何だ?  なんともない顔でそう言った将軍に、カイランは苦笑する。 「番の意味もわかっていなかったぞ」 「ずっと一緒にいることだと教えた」 「それだけじゃないだろう。俺たちにとっての番は」 「……しかし、人間にとっての番はそうだろう」 「そうだろうがな……」  アザールはもうエルを手放さないと決めている。  だから、あらためて番の本当の意味を教えたところで、何かが変わるわけでもない。 「あの子どもが大人になった時、戸惑わないか?」 「そうはならないようにするさ。そのうち、人間と獣人の常識を教えるつもりだ。……それに──それはエルに限ったことではなく、国民全員に伝えねばならないことだ。この遠征も、その第一歩だと信じている」  前を見つめるアザールの瞳には、強い力が宿っている。  この先に進む道に迷いは無い。 「……確かにそうだな」 「共存するんだ。お互いの文化も教え合わねば。文化の違いで争うことはあってはならない」 「ああ」 「それから──子どもではない。エルだ」 「あー、ハイハイ」  アザールの熱心さにカイランは適当にあしらうことで、その場を流したのだった。  ***  王城についてすぐ、二人は案内されるまま謁見の間に移動した。  まだ王の姿はない。しかし緊張が流れるその広間では、左右に従者達が並び二人をまるで見張るかのように立っていた。  まあ、これはいつものことで、決して二人を怪しんでいるわけではない。 「──王様のお越しである!」  その声が響くと、二人は片膝をつき敬礼をした。  ゆっくりと現れた獅子は王座に腰掛けると、静かに二人の名を呼ぶ。 「頭を上げろ」  静かに立ち上がり顔を見せれば、王は穏やかに微笑んでいた。 「──二人とも、急に呼び立ててすまぬな」 「いえ。とんでもございません」  返事をしたアザールは、ジッと王を見つめる。 「昨日命を下したが、改めて話がしたかった」 「はい」 「人間たちが再び集団を形成しようとしている。すぐに対応をしろ。アザール将軍、遅れは許さぬ」  アザールが頭を下げて「承知いたしました」と告げた時、王はふと目を細め、軽く顎を指で撫でる。 「……ところで、将軍。あの人間はどうしている?」  空気が一瞬張り詰めた。アザールは目を伏せ、すぐに表情を整える。 「元気に過ごしております。言葉も少しずつ覚え、今では簡単な会話もできるように」 「ほう、それは驚きだ。……して、やはり妻に迎えるつもりなのか?」  その言葉に、アザールの眉がわずかに動いた。 「……いえ。番に、と考えております」  その返答に、王の目が僅かに鋭さを帯びた。従者たちが一瞬ざわつく気配すらある。 「番、か……。人間を、か?」 「はい。ですがエルには獣人の常識も、人間としての常識も、まだ十分にはありません。ゆっくりと、理解してもらいます」 「ふむ……。まるで、その者を獣人として迎えるかのようだな」 「……いずれそうなると、私は信じております」  王はしばし無言のまま、アザールを見据えた。やがて、ふっと笑う。 「まあよい。貴様はそういう男だ。面白くなってきたな」  楽しげに目を細める王に、アザールはギリッと奥歯をかみ締めた。  興味を持たれている。エルのことを知りたがっている。  それが少し嫌だった。  エルを取られるような気がして、落ち着けなかった。 「──しかし、まだ契りは交わしていないのだろう?」  その一言に、アザールの喉がピクリと動いた。 「……いいえ。まだです」 「ならば、あまり深く思い込みすぎぬことだ。人間というのは……時に裏切る生き物だ」  王は静かに諭すようにそう言うと、何か意味を含んだ笑みをうかべた。 「……気をつけて行け。そして、その人間も大切にするがよい。まだ誰のものでもないうちは、特にな」  二人は深く礼をすると、謁見の間を出る。  ギリギリと強く拳を握るアザールに、カイランは「落ち着けよ、将軍」とその肩を叩いてやることしか出来なかった。

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