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第34話
一方その頃のエルはというと、リチャードとレイヴン、そしてシュエットからお叱りを受けていた。
「エル様、アザール様と番になるというのなら、他の雄と手を繋ぐなど、してはいけません」
「……?」
「アザール様がお怒りになります。エル様はきっと、『ダメだぞ』と言われるだけかも知れませんが、相手はそうはなりません」
「アザールが、怒るの?」
「はい。それに悲しくなりますから、アザール様とだけ手を繋ぎましょうね」
シュエットの言葉にお馬さんたちは頷き、エルはムムっと眉を寄せた。
「アザールが、悲しむ?」
「はい」
「……じゃあ、手を繋ぐのは、やめるね。アザールが悲しいのは、嫌だから」
「ありがとうございます。アザール様以外には、なるべくお体に触らさないようにしてください」
エルはコテンと小首を傾げると、三人をゆっくりと順番に見つめた。
「みんなは……?」
「……私達は、アザール様よりエル様のお世話をするよう命じられております。ですから、ある程度のことは問題ありません。エル様がお疲れであればお部屋までお連れしますし、湯浴みのお手伝いもいたしましょう」
「……難しいこと、いっぱいね」
獣人族の独占欲は人間よりもずっと強い。
しかし、人間ともあまり一緒に過ごしていないエルにとって、その感情は感じたことの無いものなので、理解が難しいのだ。
「はい。獣人と人間は違いますからね。人間にとっては些細なことでも、獣人にとっては大きいことがあります。逆もまた然りです。ゆっくり覚えていきましょう」
「うん。ありがとう」
「いいえ。──さて、それでは、何をしましょうか。まずはお勉強をなさいますか? それとも、リチャードとレイヴンと遊ばれますか?」
エルはニコッと微笑むと、すぐに「お勉強!」と返事をする。
今のシュエット達からのお叱りから、もっと知らないといけないことが沢山あるのだと幼いながらに理解した。
「わかりました。それでは準備いたしますので、レイヴンとリチャードと共にお待ちくださいね」
「はーい!」
「とっても元気なお返事です!」
シュエットはニコニコ微笑んで部屋を出ていく。
するとレイヴンとリチャードはそっと床に膝を着いてエルに話しかけた。
「それにしても、カイラン副将を怖いと思わないんですか?」
「驚きましたよ。普通にお話されているから」
二人はアザールとはまた違い、ぶっきらぼうなカイランが少し苦手なようだ。
エルは初めてカイランに会った時のことを思い出して、小さく苦い笑みをこぼした。
「はじめは、怖かったけど……今は、怖くないよ」
「えぇ……? 何でですか。アザール様より顔が怖いですよ」
「でも、アザールに、似てる」
「同じ狼だからかなぁ」
アザールと同じ、フサフサな尻尾。
ピコピコする耳。
思い出すと、アザールのそれに触りたくなってきた。
「今日も、アザールと一緒に、寝れるかなぁ」
「はい。アザール様と眠れますよ」
「リチャード、適当なことを言うな。いつ遠征に出られるかわからないんだぞ」
「あ……すまない」
レイヴンとリチャードの言葉を聞いて、アザールが家を空けることを思い出したエルは、不安そうに顔を歪める。
「アザール、もう、行っちゃうの……?」
「……まだわかりませんが、きっと今日は帰ってこられます」
レイヴンの言葉に、エルはしばらくじっと考え込むような顔をしていたが、やがてふっと小さく呟いた。
「……アザール、行っちゃうの、やだな」
ぽつんと落としたその言葉に、二人は心を打たれる。
まだ感情を上手く言葉にできないエルが、確かに寂しさを理解し始めている。
「大丈夫です。アザール様は、きっとまたすぐ帰ってきます」
「お土産だって、持ってきてくれるかもしれませんよ」
「お土産……?」
「そう。エル様の好きな甘いお菓子とか、ぬいぐるみとか」
「……ふわふわの?」
エルの瞳がキラッと光る。
リチャードとレイヴンは「ふわふわです!」と自信満々に頷いた。
「アザール様、エル様のことが大好きですからね。ふわふわなんて、五つくらい持って帰ってくるかもしれませんよ」
「……そんなに?」
エルは頬を膨らませ、真剣に想像を始める。
アザールがふわふわのぬいぐるみを両手いっぱいに抱えて帰ってくる姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。
「……じゃあ、がんばって、待つ」
「偉いです、エル様」
タイミングを見計らったように、ドアがノックされる。
シュエットが戻ってきたのだ。
「お待たせいたしました。お勉強の準備が整いましたよ」
「うん!」
ぱたぱたと元気よく立ち上がると、エルはしっかりした足取りで部屋を出る。
胸の奥にほんの少しだけ広がった寂しい気持ちを、大好きな人のために「がんばる」で乗り越えようとしていた。
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