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第36話
目を覚ましたエルは、隣に寝転んだまま自分を見つめているアザールに気が付き、ふんわり微笑んだ。
「おはよぉ」
「ああ、おはよう」
「……いっぱい寝た?」
「ああ」
いつも通り返事をしていたアザールだが、しかし彼はほとんど眠れていなかった。
というのも、朝起きた時エルに拒絶されてしまったらどうしようと、不安だったからである。
エルのムズムズを解消してやる為に行ったことだったが、よく分かってもいない子にするべきでは無かったと反省すらしているのだ。
「アザール……?」
「……うん。何だ」
「あの……昨日の、」
「!」
ギクッとして、視線を逸らす。
するとどういうわけか、エルはアザールに抱きついた。
「え、エル?」
「昨日の……ドキドキしたけど、気持ちよかったの」
エルの頭に浮かんでいたのは、昨日のアザールの顔だった。
優しくて、あったかくて、大きくて──それが、すごく嬉しかった。
きっと、気持ちよかったのは、アザールだったから。
アザールじゃなかったら、嫌だったかもという想いを、まだ言葉にはできない。けれど、他の人だったら……と考えると、胸の奥がゾワッと嫌な感じがする。
「でも、恥ずかしいから、秘密ね。誰にも言わないでね」
「……言わない」
その小さな願いを受け取ったアザールは、エルをそっと抱きしめながら、目を伏せた。
ついにエルに触れた。それならば、ただ可愛がるだけじゃいけない。あらためて、この子の全部に、責任を持たねばならない。
愛しさに胸がしめつけられる中で、それは静かに誓いへと変わっていく。
「ありがと」
鼻先同士がちょんと触れ合う。
エルは満足そうにそうして離れていくと、ベッドの上に立ち上がった。
「今日は、アザールと遊ぶの。お勉強もするよ」
ただ甘えるだけでなく、自分から学ぶと口にしたその姿に、アザールははっとする。
少しずつ、確かに、エルは成長している。
昨日のこと、シュエット達の話、きっと全部を受け取って、自分なりに変わろうとしている。
その姿が、誇らしくて、愛おしい。
「……ああ」
「……明日から、寂しくないように、いっぱいお話したい」
「もちろんだ」
起き上がってエルの頭を撫でれば、その手を取った彼が自らの頬に導いて、甘えるように擦り寄ってくる。
ふわふわとあたたかくて柔らかい時間。もう少しこれを味わっていたかったのだが、そんな空間に鳴り響いたのはエルのお腹の音だった。
ぐぅ〜と鳴ったお腹を、エルは少し恥ずかしそうに押さえて、ちらりとアザールを見る。
「……お腹、すいたねぇ」
「あ、ああ。そうだな。食事にしようか」
「うん」
エルは少し考えたあと、アザールに両手を伸ばした。
「アザール」
「ん?」
「抱っこがいいかも」
「ハハッ、ああ。おいで」
アザールに抱き上げられると、エルは小さく「んふふ」と笑った。
「アザールの腕、あったかい」
「ああ。エルが軽すぎるから、ずっと抱いていても平気だぞ」
そうして食堂に向かう道すがら、エルはアザールの肩に頬をくっつけるようにして、目を細めた。
「……ずっとこうしていたいな」
「俺もだ。だが……明日からは、そうもいかなくなる」
「……うん。でも、今日は一緒」
そう呟いたエルの声に、アザールの胸がきゅっと鳴った。
朝食の席でも、エルはアザールの隣から離れようとせず、常に手を繋いでいた。
「ねぇ、アザール」
「ん?」
「明日から、いない間も……エルのこと、忘れないでね?」
不意にそんなことを言われて、アザールはスプーンを握った手を止める。
「忘れるわけがないだろう」
「じゃあ、ぎゅってしたの、思い出してて」
「……ああ。思い出すたび、早く帰りたくなるな」
「早く、帰ってこなきゃ、ダメだよ」
「……そうだな」
寂しさを堪えている姿が、あまりにも健気でたまらない。
アザールは不意にエルに寄って、まるで獣がそうするかのように自身の匂いをエルに擦り付けた。
この人間は俺のものだと、周囲に知らしめるために。
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