43 / 100

第43話

「──アザール将軍ッッ!!」  子どもたちにせがまれるまま遊んでいた時、劈くような声で名を呼ばれ、顔を上げる。  すると切羽詰まった表情をしたカイランが、柵の向こうから叫んでいた。 「ヒッ! 違う、獣人が──!」  怯える村人たちの声。  そっと子どもを地面に降ろし、周りに「部下だ」と説明してから柵の近くまで移動した。 「どうした、そんな顔で村に来るな。彼らが怯えてしまう」 「〜っ! そんなこと言ってる場合じゃない! 今使いが来た! エルが王城に攫われたと!」 「……」  エルが攫われた?  王城に? なぜ。  考えるよりも先に、アザールは村の方に振り返りオルヴァンを見つけると静かに歩み寄った。 「すまない。急用ができてしまった。俺たち獣王軍はこれからここを発つ。また今度ゆっくり来させてもらおう」 「……何かあったのかね」 「……俺の番が……妻が、攫われたと連絡があった。すぐに助けに行かねばならない。……今度は妻も共に連れてこよう」  極めて冷静な姿を保つアザールだが、内心は嵐が吹き荒れている。  王城に連れていかれたということは、王族が──王が、エルを俺から奪ったということ。  村人たちが不安げに見守る中、アザールは深く一礼し、踵を返した。  その背には、これまで見せたことのない、鋼のような殺気が宿っている。  カイランが並び立つと、耳元で低く囁いた。 「……王の仕業だとしたら、湘軍がそれを罪に問うことは反逆と同じことになるんだぞ」 「わかっている。だが、エルを渡す気はない。──何があろうと」  言葉の端は静かだったが、そこには獣としての本能と、番を奪われた怒りが渦巻いていた。  アザールが馬に跨ると、カイランも続く。 「軍をすぐまとめるか? それとも……」 「いいや、軍はお前に任せよう。俺は先に急いで戻る。まずは屋敷に戻り何があったのかを知らねばならない」  村人たちの視線が、背に注がれているのを感じる。だが今、気にしている余裕はなかった。  すでに胸の奥では、獣が咆哮している。  奪われた大切な存在──世界でたったひとりの、愛しい番を取り戻すために。 「王が何を考えていようと関係ない。……エルは俺のものだ」  その言葉を残して、アザールは雪煙を蹴り、王城へと馬を走らせた。 ◇  村から屋敷までは三日かかる距離だ。  しかしアザールはそれを一日と半分で駆け抜けた。  屋敷に着いた頃には表情をそげ落とし、門を通ると獣の咆哮に地面が揺れる。  それに呼ばれるかのように、シュレットを始め屋敷にいた者たち全員がに現れる。 「どういうことだ」 「大変申し訳ありません……!」  シュエットにリチャード、レイヴンは主に合わせる顔もないと地面に膝を着き低く頭を下げた。   「シュエット、リチャード、レイヴン。そのようなことをしている暇は無い。早く状況を」  膝をついた三人が顔を上げる。最初に口を開いたのはシュエットだった。 「……アザール様が屋敷を発たれた翌日、王命といい突然兵士が屋敷に現れました。『将軍閣下の妻を王へお連れする』という命です。従わねば……あなた様の名誉を傷つけると脅され……」 「……誰が、連れて行った」 「王直属の近衛たちでした。十名以上……力で抗えば、王命に背いたとして、反逆の罪に問うと……」  歯噛みするような口調だった。悔しさと、情けなさと、そして恐れも混じっていた。 「……エルは……泣いていたか」 「……声は上げませんでした。ただ……服の裾を、離そうとせず……」  その瞬間、屋敷全体の空気が凍りついた。  アザールの瞳が細く、そして深く光を宿す。   「他人の番を攫おうとする王に、仕えるつもりはない。俺が従うのは、あの子だけだ」  アザールは一歩、また一歩と前へ進み、執務室へと向かう。  兵装を整え、すぐに王城へ向かうためだ。  誰も彼を止めることはできなかった。

ともだちにシェアしよう!