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第45話

 城に連れられたエルは、まるで罪人のように引きずられ、謁見の間で玉座の前に座らされると、現れた獅子に眼光鋭く見下ろされていた。  まるで、鋭い爪で首筋を撫でられているようだった。  少しでも逆らえば、次の瞬間には裂かれてしまう気がして、ただ、息を潜めることしかできない。  何をすればいいのかも、何をしたら痛いことをされるのかも、まるで見当がつかなくて、ただ視線を彷徨わせるばかりだ。 「──エル、と言ったか」 「!」  低く威圧感のある声が、ビリリと肌を刺す。  ハクハクと口を開いては閉じ、声にならない。喉が震えるのに、言葉が出てこない。  傍に立っていた兵士に『返事をしろ』と怒鳴られ、ようやく『はい』とだけ、かすれた声を出すことができた。 「そなたのような人間が、あのアザール将軍の番になるとは……」  どこか、棘の含んだ言い方。  しかしエルは困惑して首を傾げるだけである。 「いきなり呼び立ててすまなかったな。将軍も不在ゆえ、不安だろう。害をなす気は無い。こちらにおいで」 「……」 「……立てぬか? 手荒なことはするなと伝えておいたが、まさか、どこかを痛めているのか?」 「! ち、ちがう、ます……」 「はは、まだ言葉は学んでいる途中だったな」  間違えた言葉遣いを怒られなかった。すぐに動けなかったのも、叱るどころか心配をしてくれた。  少し怖い人だと思い怯えていたが、どうやら優しい人らしい。  エルはそっと立ち上がると、言われるがままトテトテと王に近づいた。 「もっと近くに」 「……こ、ここ……?」 「なんだ。怖いのか。怯えずとも良い。愛い奴め。撫でてやろうな」 「わっ!」  遠慮がちでいると、王の方が立ち上がりエルに近づいて、わしゃわしゃと頭を撫でてきた。  驚いた拍子に、足がすこし浮きかける。  アザールと……いや、アザールよりも大きな体だ。  金色の髪がキラキラとしている。  エルはぼんやりそれを見上げると「髪が、綺麗ね」と素直な感想を伝えていた。 「そなたの髪も美しい。こんなにも漆黒で艶がある。将軍に大切にされているのだな」 「将軍……アザール?」 「そうだ。案ずるな。将軍が戻ってくるまではここで過ごせば良い。奴がそなたを迎えに来た時には、あの屋敷に返してやるからな」  エルはホッとして息を吐いた。  それを細めた目で見た獅子は、すぐに表情を柔らかくすると側仕えを呼ぶ。 「エルを連れていけ。丁重に持て成すように」  そうして謁見の間を出ていくエル。  大きな扉が閉まると、その瞬間に笑みを解いた王は肘を立ててニヒルな笑みを浮かべる。 「──何事もなければ、だがなあ」  アザールの屋敷で働くものからの密告。  エルの背中には文様があるというそれが事実であるのならば、アザールは報告の義務を怠ったとして罪に問われかねない。  そして、この文様がもたらす事案によっては、エルはアザールから引き離さなければならない。 「まずは安心させろ。そのうちボロを出して文様も見れるだろう」 「はっ──」  王が醸し出す異様な圧力には、誰も逆らえない。

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