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第46話
エルが案内された部屋は、アザールの屋敷で使っていた部屋と同じくらい広くて、そして豪華だった。
けれど、ここにはアザールも、シュエットも、レイヴンも、リチャードもいない。
気軽に話せて、遊んでくれる人がいないのは、思った以上に寂しかった。
村で過ごしていたひとりぼっちの頃を思い出して、心がしょんと沈んでしまう。
──アザールが迎えに来るまではここに。
そう言われたけれど、それって、いったいいつになるんだろう。
それに、シュエットたちは無事なのだろうか。
ここでは丁寧にもてなされてはいるけれど、彼らが傷つけられていないかどうかが不安でならない。
そんなふうに考えていたときだった。
コンコン、と控えめなノック音がして、エルは小さく肩を揺らした。
「はい……?」
恐る恐る返事をすると、扉がわずかに開いて、黄金色の髪と琥珀色の瞳がひょこっと覗いた。
ノブに手をかけたまま、その青年は小さく頭を下げる。
「エル殿でしょうか?」
「……? エルです。よろしく、お願いします」
「私はこの国の王子、レオンといいます!」
彼は胸に手を当てて、きちんとした所作で名乗った。
凛々しい口調に反して、どこかまだ幼さの残るその見た目に、エルの緊張はすぐにやわらいでいく。
「レオン、さま……?」
エルが首をかしげると、レオンははにかみながら頷いた。
「父上──王の命でご案内に来ました。今日は……お城を少し、散歩しませんか?」
「散歩? えっと……」
「私がご案内します。外は寒いので、中庭は最後に少しだけ。まずは、エル殿が自由にお使いいただける場所をご紹介しますね」
彼の言葉を断片的に理解したエルは、こくこくと頷いて、レオンに促されるまま部屋を出て、彼の少し後ろをついて歩く。
「基本的には、どちらに行かれても問題ありませんが……キッチンと東の塔だけは立ち入り禁止です。ご理解くださいね」
「キッチンと、東の塔……ひ、東は、どこ、ですか?」
「……。エル殿はどうして、将軍のもとに?」
エルの質問に答えず、自身の疑問を口にしたレオンに、キョトンとする。
東がどこか知りたかったのだけれど──まあ、あとで聞けば大丈夫かと、彼の言葉を頭の中で繰り返す。
「アザールは……一緒にいると、温かくなる……なり、ます。いつも優しくて、お勉強も全部、教えてくれる。力持ちだし、とっても、素敵な人だから」
「そうなのですね。……エル殿は、アザール殿と出会う前は、どんな生活を?」
「……」
「答えたくないことであれば、無理に答えないでください。……申し訳ありません、不躾に次々と質問してしまって」
エルはほんのりと笑みを浮かべたまま何も言わなかった。というより、言えなかった。
アザールと出会う前は、ずっと独りで寂しかった。あの頃は、それを寂しいとすら思っていなかったけれど──今はもう、二度と戻りたくない過去だ。
「えっと……東がどこか、でしたね。こちらです。この窓から見える、あの塔です。あそこは王族のための塔ですので、無断で入ってはいけません」
「わぁ……とっても、綺麗な塔ね……」
「そうでしょう」
色とりどりのガラス──ステンドグラスで飾られた大きな窓が見えた。
きっと陽の光が射し込むと、塔の中では幻想的な光景が広がるのだろう。
「眺めるのは、いいですか……?」
「ここから? ええ、もちろんです」
うっとりと窓の外を眺めるエルの横顔を、レオンはそっと見つめていた。
王直属の獣王軍、その将軍が一等愛しているという人間。
黒くつややかな髪は美しく、黄金の瞳はきらきらと光を宿している。
言葉こそ拙いが、誰もが目を引くほどの美しさだ。
──きっと、アザール将軍はエル殿を一目見て、惚れたんだろうな。
レオンはそう思って、やわらかく微笑んだ。
エルが満足した様子を見せると、レオンは続いて色んな部屋を見せてくれる。
ステンドグラスに感動していたからか、他の芸術作品も紹介してくれて、エルは彼のその優しさが嬉しかった。
最後に中庭に出ると、寒さにぶるるっと体が震えた。
「エル殿、こちらです。ほら、あれをご覧ください」
「? ──わぁ……!」
レオンの指さす方を見て、エルが思わず歓声をあげる。雪に包まれた花壇、ガラス細工のような氷の彫刻、静けさに包まれたその光景に目を輝かせている。
レオンはその反応に思わずふっと笑みをこぼした。
「……エル殿は、まっすぐな方ですね。見ていて気持ちがいい」
「? きもちいい、僕が?」
「ええ。飾らないところが素敵です」
そう言うレオンの頬も、少し赤くなっている。
「これ、この氷、アザールにも見せてあげたい!」
「アザール将軍に? それでしたら今度、ぜひお二人で私を訪ねてください。また私が案内しましょう!」
「本当……!?」
パァァっとさらに明るくなった笑みに、レオンはふふっと微笑む。
「本当にアザール将軍がお好きなのですね。……それはそうか。お二人は番なのでしょう?」
「番? ううん、まだ、です」
「──まだ!?」
思わず声を張ってしまったレオンが口を押さえる。
「いえ、すみません。ですが……こんなに将軍殿の匂いを纏っておられるのに!?」
「え、におい……? あ……アザール、ぎゅってします」
「……っ、それは……っ、番ではないのに……!」
レオンの顔がみるみる赤く染まっていくのを、エルはただきょとんと見つめていた。
いつもしていることなのに、どうしてそんなに驚くのだろう。
やはり、人間と獣人とではそもそもの考え方が違うのだろうか。
「レオン、王子は、しない……?」
「しません! 私はまだ未熟者ですし、心に決めた相手もいません。……いつか、そのような人を見つけたいと思っています」
優しい彼に通る一本の芯のようなもの。
なんとなくそれを感じとったエルは、ニッコリ微笑むと、そっとレオンに近づく。
「見つかります。レオン王子は、とっても優しいから」
「!」
「素敵な、王子様ね」
レオンの顔がさらに赤くなって、エルはついつい笑ってしまったのだった。
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