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第49話

 その日の昼のこと、エルはようやく頭がスッキリした。  気がつけば、そこは見慣れない部屋──レオンの部屋だった。驚いて慌てて謝ると、レオンは柔らかく微笑んで「大丈夫ですよ」と言ってくれたので、エルはほっと胸を撫でおろした。  ティナもそばにいてくれていたが、どこか少しだけ、空気の重さが違う気がする。 「──ところでエル、お聞きしたいことが」 「……?」  少し怪訝な表情に変わった彼に、エルはドキリとする。  なにか、まずいことをしてしまったのだろうか。  それともやっぱり、ここで眠ってしまっていたことを怒られちゃう……? 「言いたくなければ、それで構いません。しかし、もし教えていただけるのなら、嬉しいです」 「……何を……?」 「──エルの体には、なにか隠されているものがありますか?」 「っ!!」  思わず目を見開き、背筋を伸ばした。  なんで、どうして。何を知っているの?  焦るエルに、レオンはやはり何かがあるのか、と察したように静かに頷いた。 「知られたくないことなんですね」 「ぁ……ぃ、ぁ、の……」 「無理には聞きません」  レオンの声は、変わらず穏やかだった。責めるような響きは、どこにもなかった。  それでも、エルの指先は細かく震えていた。  ──隠したい。  でも、ずっと隠し通せるものではないのかもしれない。  アザールには見せた。けれど、それ以外の誰かに話すのは、まだ怖い。  また嫌われて、一人になるのは嫌だった。  けれど、レオンはどこまでも優しいまなざしでこちらを見ていた。  そのまなざしに、少しだけ心がほぐれる。 「……あの、アザール……には、見せたことが、あって……」 「……やはり、将軍はご存知なのですね」  レオンは静かに頷き、それ以上は踏み込まない。  ただ、ゆっくりと手を組み、自分の膝の上にそっと置いた。 「誰にも見られたくないものを、誰かに見せるには……大きな信頼が必要です。将軍にだけ話されたというのなら、それだけ、将軍を信じておられるのでしょう」  エルはコクリと頷いた。 「アザールは、怒らない。……気持ちを、わかってくれる……やさしい人、だから」  その言葉に、レオンはほんの少し目を伏せた。  まるで、嫉妬するような──けれど誇らしげなような、複雑な微笑だった。 「……それは良かった。エルが将軍のもとで幸せであることが、私にとっても嬉しいです」 「レオンは……聞いて、怖くない、ですか……?」 「怖がるようなことがあるのですか?」  その問いに、エルは一瞬だけ唇を噛んだ。  ──自分の背にあるものは、普通じゃない。  そう、ずっと思って生きてきた。 「……文様、が……あります」 「文様……?」  レオンの眉がわずかに動いた。驚きというより、なにかを思い出したような仕草。 「場所は──」 「背中に……」 「……それは、どのようなものですか?」  アザールに教えてもらった言葉を思い出そうとしたけれど、伝えていいのかどうか分からなくて、エルは口を噤んだ。 「──いや、やはりいいです」  レオンがそう言って止めてくれたので、ふっと緊張が解ける。 「……今は、それ以上は聞かないようにします。ただ、もし困ったときは、どうか私やティナを頼ってください。私たちは、エルの味方です」 「……ありがとう」  胸の奥が、じんわりと温かくなった。  この城に、自分を見てくれる存在がいる。  そう思えるだけで、不安な心が、少しだけ穏やかに感じられた。 ◇  レオンと別れたエルは、ティナとともに自室へ戻っていた。  話ができて少し安心したのだけれど、ティナの雰囲気はどこかピリッとしている。 「ティナ……?」 「はい、エル様」 「どうかしたの……?」  部屋を見渡していたティナは、柔らかく笑ってエルと目線を合わせた。 「エル様、どうか今後は、おひとりにならぬようお気をつけください」 「ひとり……どうして……?」 「城の中が、少し忙しくなっております。エル様が危ない目に遭わないように、私にお守りさせてください」 「あ……う、うん……」  真剣な眼差しに、エルは戸惑いながらも頷いた。 「夜、お眠りになる時も、私がすぐそばにおります。それも……お許しください」 「ティナは、寝ないの……?」 「そばで少し休みますから。どうかご心配なさらずに」  ──やっぱり、少し何かがおかしい。  エルは、胸の奥のソワソワを必死に押し込めた。  早く、みんなのいる家に帰りたい。そう思ったけれど、それを口にすれば、わがままだと思われてしまう気がして……唇の内側をきゅっと噛んだ。  寂しさを、じっと、紛らわせるように。

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