51 / 100
第51話
朝の陽光が、薄いカーテン越しに部屋へと差し込んでいた。
けれど、エルはそれに気づかないまま、 ベッドの中でぼんやりとまどろんでいた。
頭の奥がもやのように霞んでいて、夢と現実の境目が曖昧だ。
手足が少し重く、動かそうとしても力が入らない。
なんだか……からだが、おかしい……
そんな感覚の中、ふいに扉が開く音がした。
ティナかと思った──けれど、それは違った。
「……まだ効いているようだな」
あまり聞きなれない、けれどどこか覚えのある威圧感のある低い声。
足音が近づいてくる。
けれどエルの体は、夢の中にいるように動けない。
やがて、体にかかっていた布団の端が持ち上げられた。
ひやりとした空気が背中に触れる。
「アザール将軍が帰還するらしい。奴が取り返しに来る前に……どのようなものなのか、私の目で確かめてやらねばな」
そう言って、王はエルの寝巻きの襟に手をかけた。
指先が首元にかかる。
エルの胸が、ズクンと痛んだ。
──いや、いやだ、やだ、やめて
声が出ない。体も動かない。
けれど、明確な恐怖だけが、全身に駆け巡る。
引っ張られる布。
肌があらわになっていく感覚。
震える指先。
喉から、ひとつ、かすれた声が漏れる。
「……っや……や……!」
ビクン、と体が跳ねた。
意識がハッキリしないまま、エルは腕を振り払うようにして叫んだ。
「やだっ、やだっ……やめて……!」
小さな、しかし部屋中に響いたその声に、王は一瞬だけ動きを止めた。
「……王子が来たら面倒だ」
低い声がそう言うと、少しして人の気配が無くなる。
エルはふとまた体が重たくなるのを感じて怖かったのだが、しかし目を開けていられずに、またもや深い眠りに落ちていったのだった。
◇
ティナは王子に呼ばれたはずだったのだが、彼は既に眠っており、しかし通る人たちに今度は王の用事を押し付けられてしまい、エルを起こしに行く時間になっても戻ることができなかった。
ようやくエルのもとに行けたのは、昼前であって、しかし彼がすごしているはずの部屋からは物音一つしない。
何かあったのかと、ノックも忘れ部屋に入れば、彼はまだベッドの上で眠っていた。
スンと匂いを嗅げば、また微かに何らかの香が混ざっているような気がして、慌てて彼の傍による。
「エル様、エル様!」
「……ん、」
「起きてくださいまし。エル様」
人間に深く作用するものなのだろうか。
ティナはまだ意識の浮上しないエルに何度も呼びかけ、ようやく目が開いた時には安堵の溜息を吐いた。
「ティナ……?」
「エル様……っ、どこか、おかしなところは? 痛みや、吐き気は?」
「……? おはよぉ。どこも、痛くないよ」
ヘラッと笑うエル。
しかし彼自身、『アラ?』と思うことがあり、自身の手に触れたままのティナの手を、そっと握る。
「ティナ、朝に、起こしてくれた……?」
一度、起きたような気が、しなくもない。
少し怖いことがあったような……? でも、あれは夢だったのかも。
不思議そうにするエルに、ティナはハッとして唇の内側をグッと噛んだ。
今度は、香だけではなく、エルに何かをしようとしたのか。
それを知って、心が焦ってしまう。
「……ええ。私です。ですがまだ眠たそうでしたので……」
しかし、エルを不安にさせたくなくて、嘘を吐いた。
将軍が帰ってくるまではなんとか、私がお守りせねばと、そう思って。
ともだちにシェアしよう!

