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第51話

 朝の陽光が、薄いカーテン越しに部屋へと差し込んでいた。  けれど、エルはそれに気づかないまま、 ベッドの中でぼんやりとまどろんでいた。  頭の奥がもやのように霞んでいて、夢と現実の境目が曖昧だ。  手足が少し重く、動かそうとしても力が入らない。  なんだか……からだが、おかしい……  そんな感覚の中、ふいに扉が開く音がした。  ティナかと思った──けれど、それは違った。 「……まだ効いているようだな」  あまり聞きなれない、けれどどこか覚えのある威圧感のある低い声。  足音が近づいてくる。  けれどエルの体は、夢の中にいるように動けない。  やがて、体にかかっていた布団の端が持ち上げられた。  ひやりとした空気が背中に触れる。 「アザール将軍が帰還するらしい。奴が取り返しに来る前に……どのようなものなのか、私の目で確かめてやらねばな」  そう言って、王はエルの寝巻きの襟に手をかけた。  指先が首元にかかる。  エルの胸が、ズクンと痛んだ。  ──いや、いやだ、やだ、やめて  声が出ない。体も動かない。  けれど、明確な恐怖だけが、全身に駆け巡る。  引っ張られる布。  肌があらわになっていく感覚。  震える指先。  喉から、ひとつ、かすれた声が漏れる。 「……っや……や……!」  ビクン、と体が跳ねた。  意識がハッキリしないまま、エルは腕を振り払うようにして叫んだ。 「やだっ、やだっ……やめて……!」  小さな、しかし部屋中に響いたその声に、王は一瞬だけ動きを止めた。 「……王子が来たら面倒だ」  低い声がそう言うと、少しして人の気配が無くなる。  エルはふとまた体が重たくなるのを感じて怖かったのだが、しかし目を開けていられずに、またもや深い眠りに落ちていったのだった。   ◇  ティナは王子に呼ばれたはずだったのだが、彼は既に眠っており、しかし通る人たちに今度は王の用事を押し付けられてしまい、エルを起こしに行く時間になっても戻ることができなかった。  ようやくエルのもとに行けたのは、昼前であって、しかし彼がすごしているはずの部屋からは物音一つしない。  何かあったのかと、ノックも忘れ部屋に入れば、彼はまだベッドの上で眠っていた。  スンと匂いを嗅げば、また微かに何らかの香が混ざっているような気がして、慌てて彼の傍による。 「エル様、エル様!」 「……ん、」 「起きてくださいまし。エル様」    人間に深く作用するものなのだろうか。  ティナはまだ意識の浮上しないエルに何度も呼びかけ、ようやく目が開いた時には安堵の溜息を吐いた。 「ティナ……?」 「エル様……っ、どこか、おかしなところは? 痛みや、吐き気は?」 「……? おはよぉ。どこも、痛くないよ」  ヘラッと笑うエル。  しかし彼自身、『アラ?』と思うことがあり、自身の手に触れたままのティナの手を、そっと握る。 「ティナ、朝に、起こしてくれた……?」  一度、起きたような気が、しなくもない。  少し怖いことがあったような……? でも、あれは夢だったのかも。  不思議そうにするエルに、ティナはハッとして唇の内側をグッと噛んだ。  今度は、香だけではなく、エルに何かをしようとしたのか。  それを知って、心が焦ってしまう。 「……ええ。私です。ですがまだ眠たそうでしたので……」  しかし、エルを不安にさせたくなくて、嘘を吐いた。  将軍が帰ってくるまではなんとか、私がお守りせねばと、そう思って。

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